ひと夏の救い

あたり。




「なんですか、先生。
私、その本の中身を読み上げただけですけど」
「中身、とは…どこまで」
「『予言の書は他人に見られてはならな…』」
「うおああ!」

突然、田口先生が裏声になるほど焦って叫んだ。
私から取り上げた『予言の書』を抱き締めて、
東雲君に照らされた頬は羞恥からか赤く染っているように見えた。

いつも見ている冷静で冷たい印象の先生はどこにも見当たらない。

普段は叫ぶなんて縁の遠い人よね。
その田口先生がこんなにうろたえるだなんて…



やっぱり、この本は…


「やっぱり、それは田口先生の物だったんですね」
「うっ」

私が口を開こうとするより先に
東雲君が確信をついた台詞を放つ。

先生は悪いことが見つかってしまった子供みたいに
気まずげに唸った。


「『学校の七不思議』に、未来の書かれた黒い装丁の本があると言う話、知っていますよね。
私、この前その話をしている生徒に何か話しかけている所を見かけました。
教えてください。下手をすれば学校全体に関わる話になりかねませんよ」


その本の正体を知りたくて思わず問い詰めるような言い方になってしまったわ。
好奇心って怖いわね。落ち着きなさい、私。

いつもと様子が違う田口先生を見て、
たじたじになって戸惑っていた東雲君も調子を取り戻した様に
聞き慣れた静かな声で先生に話しかける。


「その本に書かれた文字。
見覚えがあると思ったんです。
それはそうですよね。毎日のように見ている先生の字なんですから」
「…」

私たちの話を黙って聞いていた先生は、
暫く石のように固まったままだったけれど、
ようやく冷や汗の浮かんだ額を拭って「わかった、話す」と言って俯いた。

同時に力も抜けたみたいで、握りこんでシワが出来ていた黒い本の表紙が見えた。



「大した話じゃない、が。…あまり人に知られたくはない話だ」



なにか重大な事を言われるような気持ちで、
知らず乾いた喉を潤すためにごくりと唾を飲んだ。



田口先生が大きく息を吐く。
そして吐いた時よりは小さな音を立てて息を吸った。




「これは、」




じーっと見ているからか、
また額に汗が浮かんできているのに気付いてしまって、
私たちは今暗くて夏の熱気のこもった場所にいたんだって思い出して、
今更とても暑い気がしてきた。



それでも田口先生の話は聞き漏らさないように、
しっかり目は田口先生の口元から逸らさない。











「紛いも無い、俺の黒歴史だ!!」




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