課長の独占欲が強すぎです。
「桜、きれーですねー」
月の光に照らされた白い花弁の降り注ぐ濃紺の空は幻想的なほど美しくて、私はウットリと空を見上げ続ける。
それに宍尾さんが「ああ」と答えてしばらく静寂が流れた後、私を運んでいた揺れがピタリと止まった。
何だ? と思っていると宍尾さんは大通りへ向かってる足を方向転換させ、川原の桜へと近付く。そして樹の根元まで行くと顔だけ振り向かせて、目線で私に『上を見ろ』と促した。
「わーあー、きれーですねー」
見上げた視界には最後の力を振り絞って花を咲かせる大振りの枝。空を埋め尽くすほどの桜が私たちの頭上で咲き乱れていた。
「桜は散り際が1番きれーなんですよー。知ってますかー?」
間の抜けた酔っ払いの薀蓄に、宍尾さんは笑うことも無く「ああ」とだけ答えると、少しだけ間を置いてから「橘」と静かに呼びかけた。