月だけが見ていた
「ーーー ありがとな。」
私の体は
再び司くんに抱きすくめられた。
「もう充分だよ、上原。」
司くんの胸に
また、ぽたりと涙が落ちた。
司くんがいなくなった後
私に残ったのは、到底抱えきれないほどの深い絶望と
狂おしいくらいに募った、彼への想いだけだった。
映画やドラマの中ではよく「失恋から立ち直っていく主人公」が描かれているけれど
そんなものは嘘だ。
だって、彼はもういない。
この想いを浄化できる日なんて、きっとこない。
彼を忘れて前に進めるほど大人になんて、なれっこない。
それなら、いっそすべてを忘れずに生きていこうと思った。
体に刻まれている彼の声を、温度を、優しさを
大切に大切に守っていこうと決めた。
それが、私にできる唯一のことだと思った。
他の男の人に触れたことなんてなかった。
そうしたいとも思わなかった
二見主任に、出会うまで。