泣き虫イミテーション
偽物の焦燥
「…好きです。付き合って下さい」
「いいよー」
ひどくお気楽に橘二衣(たちばなかさね)はそう答えた。告白した男子生徒は驚きに顔をパッと上げる。
「いいんですかっ!?」
二衣は少しつり上がった目を猫のようにして、にんまりと笑う。そのまま後ろにあった机にゆったりと腰をおろした。机はわずかに音をたて、軋む。
「一つ条件があるけどね」
そう言って可愛らしく首を傾ける。二衣は足を組んで、上にした左足を男子生徒へとむけた。
「私のあしにキスしてよ。そしたら君と付き合ってあげる。」
上履きを脱いで黒のタイツに包まれた爪先をさらす。薄い布地のそこに淡く肌が透ける。
男子生徒は二衣の言動に戸惑い、しかし一度生唾を飲み込むと爪先に視線を合わせるよう膝をついた。骨ばった固い男の手が二衣の細い足首に触れる。二衣はそれをひどく無感情に見つめていた。
「…っ、で、できないッス…」
男子生徒はヘラリと笑い、二衣を仰ぎ見た。二衣は目があった一瞬でいつものように笑顔にもどり、男子生徒の視線を受け止める。
「冗談きついですよ、橘さん。」
男子生徒は膝のほこりを払ってたちあがった。
「…そう。まぁ、無理なら私を諦めてね。」
橘二衣は校内でちょっとした有名人である。つねに周囲に優しく、成績優秀、生活態度良好な優等生。勿論男子人気が高く、俗な言い方をするとモテる。
ただし、告白をするものは多くない。いわく、ひどい振り方をするのだと。 うわさである。
自身で見切りをつけさせるようなひどい振り方を。
「えっとー…、まじですか?」
「まじだよ。出来ないなら、別に君なんか興味ないしね。」
二衣はふんわりと可愛らしく笑った。教師と相対するときの確立された笑顔で。
「だって私、君が誰だかも知らないよ?」
「―――っ」
認識すらしていないと、軽くあしらわれた男子生徒は屈辱に顔を歪めて教室を出ていく。勢いよく閉められた扉はバンっと大きな音をたて反動で半分 空いたままとまった。
「あー、つまらないな。くそっ、つまらん」
荒々しい台詞を吐いた二衣は、上履きを履き直すとぴょんと机から降りた。
「おい、帰ろうミツ」
教卓を振り返りそう言うとそのしたから朱本光成がでてきた。
「くっ、二衣ちゃん最高。」
笑いながら教卓から這い出ると、二衣の横へ並ぶ。眉目秀麗な二人は並ぶとひどく絵になった。
「そうだな、なかなか愉快な表情だったよ」
二衣は意地悪く口角をつりあげた。そして溜め息をつく。
「でも全然足りないよ。こんなんじゃ余計に退屈が身近になるだけだ。」
茜さす静かな教室に無機質に声が響く。
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