泣き虫イミテーション
「平和だなー」
丹念にアップストレッチをしながら朔良は呟いた。昨日今日と二日間、二衣と関わることのない平和な日々を過ごしていた。
昨日から二衣はいつもよりずっと完璧な猫をかぶっている。朔良はそんな風に感じていた。どんな隙もなく、みんなの人気もの橘さんを演じているようで気持ち悪さを覚える。
もともと接点のない二衣と話すことはなく、すべてが幻だったみたいに日常にかえっていく。残ったのは二衣の柔らかな感触だけで、たまに思い出しては自分の情けなさを嫌った。
来週からのテスト週間で部活ができなくなるため、朔良はいつも以上に真剣に部活に取り組んでいた。
一通り筋トレを終わらせると、走り高跳びの用意をしてくれていたマネージャーが呼びに来た。
「相澤くん、準備できたよ」
「あぁ、ありがとう」
その時、グランドの中央、サッカーコートから歓声が上がった。振り向くといつもは男だらけのベンチに今日はやけにギャラリーの女の子がいた。
「今日、向こうすごいな」
「朱本くんが助っ人で出てるんだって。たがら女の子たちが多いの。」
「へー、噂の王子様か」
「いま馬鹿にしたでしょう。恨まれるよー、他の女子に」
「あ、マネージャーはそこまで熱烈なファンじゃないんだ」
「まー、ちょっと違うかな。……内緒だよ?私朱本くんと付き合ってるの。この前、彼の家にも行ったんだよ。」
「まじか。すごいな」
「それでねっ、−−−ってこれ言っちゃダメなんだった。はい、休憩おわり。練習しよ」
「へーい、了解です、樋之上マネ。のろけ聞かされただけかよ。」
日が暮れた頃に部活は終わって、教室に置き忘れたノートを取りにかえる。四階の廊下に差し掛かったところで、教室の電気がついていることに気付いた。嫌な予感もしたが仕方なく教室にはいる。
果たしてその予感は当たっていた。
教室には一人机に向かう、二衣がいたのだ。
しり込みするが、ノートを持ち帰らなきゃ課題ができない。朔良は覚悟を決めて教室の扉を開けた。
二衣はゆっくりと顔をお越しこちらを見てくる。朔良は視線を合わせないように下を向いたまま、一番窓際の机まで歩いていき中からノートを探り出す。
背後から椅子を引く音が聞こえた。
二衣が席を立ちこちらへ近づいてくるのを想像して、身を固くした。
「…期待してるの?」
思いの外遠くから声がした。振り向くと座ったままの二衣が、体の向きだけ変えて朔良の方を見ていた。
「な、何がだよ」
声が震える。
二衣はクスリと笑うと立ち上がって、朔良に歩み寄る。そしていつかと同じように、胸に手を当てた。朔良の鼓動を感じるように。
斜め下すぐ近くに二衣がいる。シトラスが香って、また二衣の唇を思い出してしまう。体が強ばって動けない。
二衣は倒れ込むように朔良に体を重ねると、そのまま背伸びしてるの顔を近づけた。そしてキスする。胸に触れていた手が首の後ろに回されて抱き寄せられた。
唇が一度離れて再び重なり、渇いた朔良の唇を湿った二衣の舌がなぞる。
そこではっと我に返った。
「やめろ!」
ほとんど加減できずに突き飛ばしてしまった。机に二衣の体がぶつかって大きな音を立てて倒れた。二衣もその勢いのまま床に尻餅をつく。
「…っ悪い。」
慌て助け起こした。二衣は特に痛がる様子もなくスカートの汚れを無言のまま払う。沈黙に耐えきれず朔良から口を開いた。
「…っなんで、こんなことするんだよ。」
「君が触って欲しそうな顔してたから」
何かを諦めたような、どこか悲しい瞳で二衣はそう言った。
丹念にアップストレッチをしながら朔良は呟いた。昨日今日と二日間、二衣と関わることのない平和な日々を過ごしていた。
昨日から二衣はいつもよりずっと完璧な猫をかぶっている。朔良はそんな風に感じていた。どんな隙もなく、みんなの人気もの橘さんを演じているようで気持ち悪さを覚える。
もともと接点のない二衣と話すことはなく、すべてが幻だったみたいに日常にかえっていく。残ったのは二衣の柔らかな感触だけで、たまに思い出しては自分の情けなさを嫌った。
来週からのテスト週間で部活ができなくなるため、朔良はいつも以上に真剣に部活に取り組んでいた。
一通り筋トレを終わらせると、走り高跳びの用意をしてくれていたマネージャーが呼びに来た。
「相澤くん、準備できたよ」
「あぁ、ありがとう」
その時、グランドの中央、サッカーコートから歓声が上がった。振り向くといつもは男だらけのベンチに今日はやけにギャラリーの女の子がいた。
「今日、向こうすごいな」
「朱本くんが助っ人で出てるんだって。たがら女の子たちが多いの。」
「へー、噂の王子様か」
「いま馬鹿にしたでしょう。恨まれるよー、他の女子に」
「あ、マネージャーはそこまで熱烈なファンじゃないんだ」
「まー、ちょっと違うかな。……内緒だよ?私朱本くんと付き合ってるの。この前、彼の家にも行ったんだよ。」
「まじか。すごいな」
「それでねっ、−−−ってこれ言っちゃダメなんだった。はい、休憩おわり。練習しよ」
「へーい、了解です、樋之上マネ。のろけ聞かされただけかよ。」
日が暮れた頃に部活は終わって、教室に置き忘れたノートを取りにかえる。四階の廊下に差し掛かったところで、教室の電気がついていることに気付いた。嫌な予感もしたが仕方なく教室にはいる。
果たしてその予感は当たっていた。
教室には一人机に向かう、二衣がいたのだ。
しり込みするが、ノートを持ち帰らなきゃ課題ができない。朔良は覚悟を決めて教室の扉を開けた。
二衣はゆっくりと顔をお越しこちらを見てくる。朔良は視線を合わせないように下を向いたまま、一番窓際の机まで歩いていき中からノートを探り出す。
背後から椅子を引く音が聞こえた。
二衣が席を立ちこちらへ近づいてくるのを想像して、身を固くした。
「…期待してるの?」
思いの外遠くから声がした。振り向くと座ったままの二衣が、体の向きだけ変えて朔良の方を見ていた。
「な、何がだよ」
声が震える。
二衣はクスリと笑うと立ち上がって、朔良に歩み寄る。そしていつかと同じように、胸に手を当てた。朔良の鼓動を感じるように。
斜め下すぐ近くに二衣がいる。シトラスが香って、また二衣の唇を思い出してしまう。体が強ばって動けない。
二衣は倒れ込むように朔良に体を重ねると、そのまま背伸びしてるの顔を近づけた。そしてキスする。胸に触れていた手が首の後ろに回されて抱き寄せられた。
唇が一度離れて再び重なり、渇いた朔良の唇を湿った二衣の舌がなぞる。
そこではっと我に返った。
「やめろ!」
ほとんど加減できずに突き飛ばしてしまった。机に二衣の体がぶつかって大きな音を立てて倒れた。二衣もその勢いのまま床に尻餅をつく。
「…っ悪い。」
慌て助け起こした。二衣は特に痛がる様子もなくスカートの汚れを無言のまま払う。沈黙に耐えきれず朔良から口を開いた。
「…っなんで、こんなことするんだよ。」
「君が触って欲しそうな顔してたから」
何かを諦めたような、どこか悲しい瞳で二衣はそう言った。