泣き虫イミテーション
 一度目のキスは腹が立ったから。
 もうずっと前から当たり前のことだけど、人をふるときって腹が立つ。何も知らないまま私の中に無造作に入って来ようとする言葉たちが、私を切り裂くようだから。
 でも好意だから。優しくしてあげるべきって分かってる。分かってるけどできないままだから、指摘されて腹が立った。
 朔良は友人から聞いて、私への憧れをなくしたくせにまだ私に正しさを期待して、吐き気がするほど不快だ。
 そのくせ私に自分を大事にしろとか言う。バカなやつだ。大事にするべき私なんて最初から残ってやしないのに。
 どろどろした黒い気持ちばかりしか私の中にはない。自棄と諦観。そればかり。
 二度目のキスは嫌がらせ。
 正しいまま生きてこられた朔良を汚したくて冒した。
 もう光成だけじゃ足りないから。
 せっかく用意した夕食にも手をつけずに、布団に沈み込む。思考は深海に堕ちていくようだ。
 リビングから聞こえる楽しげな声に苛立つ。頭を冷やそう。体を起こして、ご飯食べてるだろうから誰もこないだろうと、浴室へ向かった。
 指先を痺れさせるような熱い湯に浸れば、何かが変わるだろうから。


 この時私は大きな間違いを犯していた。
 知られたくないなら、バレたくないなら閉じこもって鍵をかけておくべきだったんだ。間違っても期待なんてしちゃいけなかった。
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