泣き虫イミテーション
朔良の混乱は他所にトントン拍子で話しはすすんで、気付けば勉強会の会場は光成の家に変わっていた。
友達の一人が言っていた、驚くぞの言葉に嘘はなくて、朔良は初めて入るセレブマンションに開いた口が塞がらないといった様子だ。
やけに広い玄関は整頓されていて、いくつか靴が並んでいる。何か違和感を覚えるが確かめる間もなく朔良はリビングへと通された。
光成は早速出来上がっていた夕飯をリビングのテーブルにならべていく。朔良が手伝うよと名乗り出たが、気にしないでとやんわり断られた。
「「「いただきます」」」
純和風の食事は朔良の好みで次々と箸が進む。
ご飯のあとはすぐに勉強が始まることになった。
「さき、トイレ借りていいか」
「あぁ、うん。廊下でて突き当たり右だよ」
一度リビングの喧騒から離れて、言われた通りに廊下を進む。ダウンライトが仄明るく照らした先で影が揺らいだ。
(断った方が良かったのかもしれない)
揺らいだ影の正体が、現れるのを目で追いながら過去の愚痴がこぼれた。
例えば玄関での違和感のもと、女物のローファーかあったこと。お手伝いさんが給仕までやらない不思議。手伝いを断ったのはキッチンに入られるとこまるから。そういうことがパズルがはまるみたいに明るみになる。
でも、どうして。
「…どうして、あんたがここに」
体にバスタオルを巻いただけの二衣が、廊下突き当たり左のドアから現れた。肌は熱かったのか赤く火照って、水を含んだ髪がペタリと肌にはりついたまま流れている。
「やっぱり朔良くんいたんだ」
二衣はポツリと囁いた。漂うように朧気な声で言う。
二衣は大股で5歩こちらに近づいた。裸同然の格好なのにだ。朔良はその様子に狼狽しつつもうごけない。朔良が隠していることで、少し離れたところにあるリビングのすりガラスに二衣の影が映らないことに気づいていた。
朔良のそういった優しさを腹のなかで笑いながら二衣は右手にある部屋の扉を開いた。浴室から一番近い二衣の部屋に体を滑り込ませながら、
「トイレはそこだよ」
そして扉は閉じた。
早鐘をうつ心臓を呪いながらも指さされたドアへと入る。何もなかったのだと、自分に言い聞かせた。
怪しまれないように早くにリビングに戻った。二衣の部屋の前を通る瞬間、気配の感じられない静かな扉に一瞬立ち止まる。無機質な向こう側に悟られないようすぐにその場を離れる。
俺が橘二衣に心奪われているのは、きっとどうしようもなく事実だ。たった二度のキスは、俺の世界に違った色を持たせてしまったから。
ただこの感情に恋と名乗らせるのは違うと思う。これはそんな甘酸っぱくてきれいなものではない。俺はともすれば二衣に、嫌悪感すら抱いている。わからない。この感情はなんなのか。俺の世界を占めるこの感情の名前はなんだろうか。
友達の一人が言っていた、驚くぞの言葉に嘘はなくて、朔良は初めて入るセレブマンションに開いた口が塞がらないといった様子だ。
やけに広い玄関は整頓されていて、いくつか靴が並んでいる。何か違和感を覚えるが確かめる間もなく朔良はリビングへと通された。
光成は早速出来上がっていた夕飯をリビングのテーブルにならべていく。朔良が手伝うよと名乗り出たが、気にしないでとやんわり断られた。
「「「いただきます」」」
純和風の食事は朔良の好みで次々と箸が進む。
ご飯のあとはすぐに勉強が始まることになった。
「さき、トイレ借りていいか」
「あぁ、うん。廊下でて突き当たり右だよ」
一度リビングの喧騒から離れて、言われた通りに廊下を進む。ダウンライトが仄明るく照らした先で影が揺らいだ。
(断った方が良かったのかもしれない)
揺らいだ影の正体が、現れるのを目で追いながら過去の愚痴がこぼれた。
例えば玄関での違和感のもと、女物のローファーかあったこと。お手伝いさんが給仕までやらない不思議。手伝いを断ったのはキッチンに入られるとこまるから。そういうことがパズルがはまるみたいに明るみになる。
でも、どうして。
「…どうして、あんたがここに」
体にバスタオルを巻いただけの二衣が、廊下突き当たり左のドアから現れた。肌は熱かったのか赤く火照って、水を含んだ髪がペタリと肌にはりついたまま流れている。
「やっぱり朔良くんいたんだ」
二衣はポツリと囁いた。漂うように朧気な声で言う。
二衣は大股で5歩こちらに近づいた。裸同然の格好なのにだ。朔良はその様子に狼狽しつつもうごけない。朔良が隠していることで、少し離れたところにあるリビングのすりガラスに二衣の影が映らないことに気づいていた。
朔良のそういった優しさを腹のなかで笑いながら二衣は右手にある部屋の扉を開いた。浴室から一番近い二衣の部屋に体を滑り込ませながら、
「トイレはそこだよ」
そして扉は閉じた。
早鐘をうつ心臓を呪いながらも指さされたドアへと入る。何もなかったのだと、自分に言い聞かせた。
怪しまれないように早くにリビングに戻った。二衣の部屋の前を通る瞬間、気配の感じられない静かな扉に一瞬立ち止まる。無機質な向こう側に悟られないようすぐにその場を離れる。
俺が橘二衣に心奪われているのは、きっとどうしようもなく事実だ。たった二度のキスは、俺の世界に違った色を持たせてしまったから。
ただこの感情に恋と名乗らせるのは違うと思う。これはそんな甘酸っぱくてきれいなものではない。俺はともすれば二衣に、嫌悪感すら抱いている。わからない。この感情はなんなのか。俺の世界を占めるこの感情の名前はなんだろうか。