泣き虫イミテーション
 放課後、勉強会を終えて、日の陰りだした帰路をいそぎ、駅から程近い高層マンションにたどりついた。
 鞄から取り出したカードをパネルにあて、浮き出た文字盤をタッチする。カードキーと暗証番号。二つの鍵で初めてエレベーターは動き出した。無駄に厳重なセキュリティで守れた場所に光成は住んでいた。
エレベーターは15階でとまり、二衣はそこで降りる。カーペットの敷かれた床が、ローファーの底を優しく受けとめた。豪奢なシャンデリアとユリをふんだんに使ったフラワーアレンジ、そして左右を囲む大理石が二衣を歓迎していた。
しかし二衣はそれらには目もくれずまっすぐ1503とルームナンバーの記された部屋に入った。玄関には光成の靴と、並んで女もののローファーが置いてある。

「ちっ、面倒な」

二衣は学校とはまるで別人に文句を溢してから部屋の一つに入り、制服から部屋着に着替えた。
4LDK。高校生の一人暮らしにはあり得ないそこで光成は生活している。二衣はその部屋のうち一つを光成に借りていた。
無駄に器具の整えられたキッチンに立ち冷蔵庫の中身を思い出しながら献立を考える。

「客は女一人か。」

そう呟いてから調理を始めた。

8時を少し過ぎた頃二衣は盛り付けた料理をダイニングへとはこぶ。箸を何人ぶんにするか迷ってから、さきに光成を呼ぶことにした。
光成の居る部屋をノックすると中から光成の返事があった。一呼吸おいてから部屋にはいる。ちゃんと優しい笑顔を作ってから。

「え?え?」

光成のとなりにいた女の子は、突然の二衣の登場に驚き、視線を二衣と光成の間をさまよわせる。

「ミツ、ごはんできたよ」

「あぁ、ありがとう」

「4組の樋ノ上真波さんだよね?もう遅いしご飯食べていきなよ。帰りはミツが送るし、いいでしょ?」

「な、なんで橘さんがいるの?」

「「気にしないでいいよ」」

二人で声がそろう。二衣はそれにクスリと笑ってまた、真波をみた。

「たいしたものじゃないけど美味しいよ?」

二衣が屈託なく話しかけると真波は困惑しつつもうなずいた。
二衣はそれを聞いてから、またニコッと笑って立ち上がりキッチンに向かう。箸を3膳と、お茶を用意した。
手を洗ってすでに席に着いていた真波は二衣が座るのを待ってから口を開いた。

「た、橘さんは光成とどういう関係なのかな?」

二衣と光成はいただきますと、手を合わせてからお互いをみる。

「ざっくりいうと兄弟かな」

光成が答え、二衣もそれにうなずく。

「でも名字違うよね?それに光成は誕生日が8月だし、双子にはみえないもの」

「色々あるの。あんまり気かないでくれると嬉しいんだけど」

二衣が小動物のように困ったかおで頼むと、真波は何故か言葉につまって、

「あ、ごめんね。変なこと聞いちゃって。そっか兄弟かー。二人とも人気者だし、頭いいもんね。兄弟ってそんなところまで似るのかな!?」

無駄に元気にまくしたてた。それから箸をとり、二衣の作った海老しんじょを食べる。

「何これ、超おいしい!!」

「そう、よかったぁ」

「ね、橘さんがお姉さんでしょ」

「どうして?」

「なんかそんな感じして。それに名前!
 二衣ってニでしょ、で、光成が光が三と同じ音だから」

「よくわかったね」

光成はクスッと笑う。

「てことは三人かー。橘さんの上にもう一人…どんな人なんだろう」

真波は楽しげに話し、談笑しながら食事は過ぎていく。

「ごはんおいしかった。二衣ちゃんどうもありがとね!!」

二衣はラウンジまで降りて二人を見送った。光成は真波を駅まで送るのだ。二人が自動ドアからでていくのを見届けてから、二衣はポツリとこぼす。

「嘘なんだけどね」

光成は真波の歩調に会わせながらゆっくりと歩く。

「二人きりだと思ってたから、二衣ちゃんがいてすっごいびっくりしたよー」

マンションが見えなくなった辺りで真波が腕をからませてくる。

「ちゃんと二人きりのときにさっきの続き教えてね。」

真波は自身の唇に指をあてて薄く開いたまま光成を見上げる。光成はそれに優しく応えるように笑顔を見せた。

(しょっぼい誘惑。)

心の内を見せることのないように。

「あ、二衣ちゃんと兄弟で一緒にすんでるとか言いふらしたりしないから安心してね」

「ありがとな」

光成はそう言って頭をなでてやる。気を許した表情でこちらに身を預ける真波に苛立ちながらも。
駅の改札で真波を見送ったあと光成は空に向かってこぼした。

「ま、嘘だけどさ」
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