泣き虫イミテーション
私は―――

頭がぐらぐらと揺れている。
瞼のおもさに耐えかねて目を閉じる。訪れる睡魔の尻尾に捕まって、意識は夜の底に消えていく。

「橘さん…?」

ふと静かだなと二衣を見ると、持っていたトランプがテーブルの上に散らばっている。力ないその手は彼女の眠りの深さをおしえていた。
 一人では寝れないといっていた通り、本当に寝不足だったみたいだ。まだ日付もかわっていないのに二衣は眠ってしまった。
昨日も朱本が帰らなかったと二衣は言っていた。だから昨日は寝れなかったんじゃないかと思う。
 小さな子供のように眠る二衣をゆっくりと抱え、二衣の部屋のベッドに寝かした。

(あんた本当にバカだよな。俺はこの前も言ったよ。男はあんたを犯すかもしれないって)

長い睫毛に一滴、涙がこぼれそうなのを堪えるように捕まっていた。薄い桜色の唇は誘うように僅か開いて、小さな寝息が聞こえてくる。

(なのになんでこんなに俺に無防備なんだよっ…)

頬に指先で触れて、そのまま唇まで滑らせる。そしてベッドに体重を預ける。二衣に覆い被さるようにして、手をつくと、スプリングがギシッとなった。

「橘、さん…」

二衣は起きない。よく眠っている。
朔良はゆっくりと顔を近づけ、今度は耳元で囁く。
二衣が起きていたら口に出せないその名前を。

「二衣…、」

呼び捨てで。
それだけで近づいたような気がして、心が暖かくなる。それが今だけのまやかしでも。

「二衣」

「ん…」

そっと二衣を抱き締めて朔良は身を起こす。眠ったままの二衣に毛布をかけ直して、リビングに戻った。

「何やらかしてんだよ、俺は…!」

顔がひどく熱をもって、心臓が激しく脈打って、息が苦しい。
二衣が入れてくれていた麦茶を一気に煽る。赤い頬にグラスをあててその冷たさにため息をついた。

「くそ、だから言っただろ。童貞まじ舐めんなよ」

自虐的に笑った。
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