泣き虫イミテーション
「…ちゃんと橘さんが寝るまでそばにいるよ」

玄関前で僅か立ち止まった二衣に言う。数瞬の後、二衣は扉をあけて部屋に入った。
静かに思われた室内からは、リビングの灯りが見えた。
二衣は靴を脱ぎ捨てると、足早にリビングへと向かった。朔良も戸惑いながら続く。
二衣はリビングに飛び込んで、朔良はその途中で立ちすくむ。

「ミツ…おかえりなさい」

二衣が光がこぼれ落ちていくみたいな笑顔で言う。二衣の待ちわびたその人が今日こそはそこにいて。

「ただいま二衣ちゃん」


二人の確かな気配がリビングのドア越しに聞こえて、朔良は静かに二衣と光成の家を出た。
もんもんとしたまま家路を急ぐ。急ぎ足が、小走りに変わる。
ウイルスのように、滴り落ちてくる水のように、蝕まれていく。じわじわと広がり朔良の思考は蝕まれていく。

(考えたくない)

二衣が頼りにしたのは自分だった。確かに望まれたからそばにいた。寄りかからせた。それなのに。
二衣が見ていたのは光成だけだ。自分などは視界に入ってなどいない。
劣等感に支配される。自分は二人の間に隔たることすらない。一瞬で蚊帳の外に放り出される存在。
息を切らして、脳に酸素を送らせないで、それでもどろどろと溢れ出してくるこの感情は、

紛れもなく嫉妬だ。
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