泣き虫イミテーション
「どうした朔良。機嫌悪いな」
目の下の隈と眉間のシワをみて、山田秋臣は朔良を笑った。元気そうなその様子を見て一安心するが、言い様のない罪悪感が胸をしめつける。
「おーい、朔良ー?」
「あ、なんだ?」
「なんだじゃねーよー。ったく、無視しやがって」
今日の部活の練習は、外周を走ることから始まり朔良は山田とならんで部活動に励んでいた。とはいっても二週目にも入ると、ただ走るのには飽きてきて、少しペースを落として山田が話しかけてきた。
「悪い悪い、ちょっと考え事しててさ」
「考え事じゃねーだろ、どう見ても寝不足だよ。部活中倒れんなよ?」
「大丈夫授業中寝といたから。」
しばらく無言になったが、また山田が口を開いた。
「なぁ、俺橘さんに告白したあとさ、」
一瞬、二衣とのキスを思い出して顔が熱くなったが、気付かれないように少しだけペースをあげた。
「―――ん?」
「調べてみたんだけど、つまさきのキスって服従とか忠誠って意味があるんだと。」
「それがどうかしたのか?」
山田が真剣そうな雰囲気を醸し出す。
「いや、もし俺があのとき橘さんの爪先にキスしてたらあの人に忠誠を誓う感じだったのかと思ってさ。女王様と下僕みたいな関係も、それはそれで美味しいなと」
「おい、お前そっち系か!?」
「えー、よくね?あんな美人の犬」
ふざけた調子で笑いながら山田は朔良のペースにあわせて走る。失恋の傷心は浅いようで良かった。
しかし同時に親友の好きな人と、(自分の意思とは関係なくだが)キスしてしまったという事実が胸を刺す。
山田と目を会わせないように、回りに視線を泳がせながら走ると、学校を囲う生け垣の隙間から件の人物を見つけてしまったのだ。
先輩に胸ぐらを捕まれた二衣を見て、朔良はただならぬ雰囲気に思わず間に駆け込んだ。さっき見たときはただの告白といった様子だったのに、外周を走りおえてここにくるまでの3分で一体何があったというのか。
朔良は一条の肩をつかみを二衣からひきはがす。
「誰だよ、てめーはっ…っ!!」
二衣はそれに便乗して一条のバランスを崩しかけた足に足払いをかけた。一条はみごとに体の支えをなくして、勢いよく地面に尻餅をついた。
無様に座り込む一条に二衣はさらに追い討ちをかける。
「一条先輩、付け上がりじゃなくて、貴方より高いところに生まれたんです。私に先輩じゃ、月とすっぽん。釣り合いません」
ひどく可愛らしい笑顔で二衣はいい放った。
今度は迫力が足りたのか、それとも悪あがきをやめたのか、一条はしっぽをまいてが似合うように走りさった。捨て台詞に「死ね、くそ女ぁ!!」とだけのこして。
それを二衣は笑顔で見送り、朔良はやや呆然としながらそんな二衣を見ていた。
「朔良くん、なんでいたのか知らないけれど、助けてくれてありがとう。」
二衣は朔良の方を向き、ねこかぶりで礼を言う。
「…ケガとかは」
「朔良くんのお陰でなんともないよ」
「そう、か…」
朔良はそこまで言って、ふらりと倒れこんだ。
「え?」