幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶
宗治郎はこの村で、医者の父と薬師(くすし)の母の間に生まれた。
父、善治郎も母、ハナもこの村の出身ではない。
善治郎は江戸に構える呉服屋の大店(おおたな)の次男坊で、親に泣きついて金子を出して貰い、この村にやってきたのが6年前。
連れ立ってきた妻、ハナの妖しいまでの美貌も手伝い、辺境に地において二人はかなり目立っていたようだ。
普通なら、よそ者が村で受け入れることなどない。
一晩の屋根を恵むだけならいざ知らず、ここに定住する気とあっては追い出されるのが落ちである。
しかし宗治郎の父と母は医学の知識を活かし、重い熱病にかかっていた子供を見事死の淵からすくい上げたのだ。
それからは村の一員として受け入れられ、医者として、薬師として、ハナは産婆としても重宝されているのである。
夫婦の間には二人の男の子があるが、長男の善一(よしいち)は病弱で、床を出ることもなかなか適わない。
生まれてすぐに死んでもおかしくなかったが、医学の知識を持つ夫婦に手厚く守られ、なんとか今年五つを数えた。
善一の一つ下の弟、宗治郎は齢四つにして利発さが伺える賢い子で、早くも薬師の母から手ほどきを受けていた。
この豊かな里を走り回り、子犬のようなたれ目を茶目に輝かせながら、宗一郎はすくすくと育っていた。
歳に似合わぬ聡明さを持つ宗一郎は、一方で天真爛漫な至って普通の子供といえる。
しかしどうしたって、他の子とは相容れぬところがこの子にはあった。
「おっかさん、これは何ですか」
「それもあやかしさ。踏むんじゃないよ。可哀想に、怯えてるじゃあないか」
宗治郎の眼前には、常に人の世の理から外れた存在が跋扈していた。
それは蛇のような見た目をしていたりはたまた一見人の子のようであったりと千差万別であったが、一様に宗治郎と宗治郎の両親の目にしか映ってはいないのだった。
『けけけけ、人の子だ、人の子だ』
『ちょっと食べさせとくれよ』
『こら、お逃げでない。指一本くらいくれてもいいじゃないか。二十本もあるんだろ?』
なかには恐ろしいものもあったが、大抵は宗治郎よりうんと弱かったので、飼い慣らして遊び相手にすることもあった。
「宗治郎、お前はおとっつぁんよりずっと強い力を持っているね。きっとおっかさんに似たんだろう。でも、その力は使い方を誤ればお前自身をも滅ぼしかねないのだ。その歳で使役など持つものではない」
母は宗治郎があやかしと遊んでいても微笑ましげに見ているだけだったが、父はこれっ、と宗治郎を戒め、ぷっくりと幼い腕が必死に抱き込むそれを取り上げ、野に離すなり、あまりよろしくないと判断すれば殺してしまうなりしてするのだった。
「おっかさん、おとっつぁんがこゆきを殺してしまいました」
母に泣きつくと、その美しい人は優しく微笑み、辛かったねぇ、悲しかったねぇ、と宗治郎を抱きしめてくれるのだった。
「おとっつぁんを責めるんじゃないよ。あの人はお前のことを思ってそうしてるんだ」
「でも、おっかさんはこゆきを殺したりしませんでした」
「そりゃあ、おとっつぁんにはおとっつぁんなりの考えがあるんだよ」
一度だけ、あやかしの事で母が激怒したことがあった。
相変わらず床に伏せている兄の善一が寂しがらぬよう、ふわふわと柔らかな毛並みのかわいいあやかしをおみやげに持ってかえり、兄の横に寝かせたのである。
兄にあやかしを見る力はなかったが触れば分かるようで、くすくすとくすぐったそうに笑っていた。
父、善治郎も母、ハナもこの村の出身ではない。
善治郎は江戸に構える呉服屋の大店(おおたな)の次男坊で、親に泣きついて金子を出して貰い、この村にやってきたのが6年前。
連れ立ってきた妻、ハナの妖しいまでの美貌も手伝い、辺境に地において二人はかなり目立っていたようだ。
普通なら、よそ者が村で受け入れることなどない。
一晩の屋根を恵むだけならいざ知らず、ここに定住する気とあっては追い出されるのが落ちである。
しかし宗治郎の父と母は医学の知識を活かし、重い熱病にかかっていた子供を見事死の淵からすくい上げたのだ。
それからは村の一員として受け入れられ、医者として、薬師として、ハナは産婆としても重宝されているのである。
夫婦の間には二人の男の子があるが、長男の善一(よしいち)は病弱で、床を出ることもなかなか適わない。
生まれてすぐに死んでもおかしくなかったが、医学の知識を持つ夫婦に手厚く守られ、なんとか今年五つを数えた。
善一の一つ下の弟、宗治郎は齢四つにして利発さが伺える賢い子で、早くも薬師の母から手ほどきを受けていた。
この豊かな里を走り回り、子犬のようなたれ目を茶目に輝かせながら、宗一郎はすくすくと育っていた。
歳に似合わぬ聡明さを持つ宗一郎は、一方で天真爛漫な至って普通の子供といえる。
しかしどうしたって、他の子とは相容れぬところがこの子にはあった。
「おっかさん、これは何ですか」
「それもあやかしさ。踏むんじゃないよ。可哀想に、怯えてるじゃあないか」
宗治郎の眼前には、常に人の世の理から外れた存在が跋扈していた。
それは蛇のような見た目をしていたりはたまた一見人の子のようであったりと千差万別であったが、一様に宗治郎と宗治郎の両親の目にしか映ってはいないのだった。
『けけけけ、人の子だ、人の子だ』
『ちょっと食べさせとくれよ』
『こら、お逃げでない。指一本くらいくれてもいいじゃないか。二十本もあるんだろ?』
なかには恐ろしいものもあったが、大抵は宗治郎よりうんと弱かったので、飼い慣らして遊び相手にすることもあった。
「宗治郎、お前はおとっつぁんよりずっと強い力を持っているね。きっとおっかさんに似たんだろう。でも、その力は使い方を誤ればお前自身をも滅ぼしかねないのだ。その歳で使役など持つものではない」
母は宗治郎があやかしと遊んでいても微笑ましげに見ているだけだったが、父はこれっ、と宗治郎を戒め、ぷっくりと幼い腕が必死に抱き込むそれを取り上げ、野に離すなり、あまりよろしくないと判断すれば殺してしまうなりしてするのだった。
「おっかさん、おとっつぁんがこゆきを殺してしまいました」
母に泣きつくと、その美しい人は優しく微笑み、辛かったねぇ、悲しかったねぇ、と宗治郎を抱きしめてくれるのだった。
「おとっつぁんを責めるんじゃないよ。あの人はお前のことを思ってそうしてるんだ」
「でも、おっかさんはこゆきを殺したりしませんでした」
「そりゃあ、おとっつぁんにはおとっつぁんなりの考えがあるんだよ」
一度だけ、あやかしの事で母が激怒したことがあった。
相変わらず床に伏せている兄の善一が寂しがらぬよう、ふわふわと柔らかな毛並みのかわいいあやかしをおみやげに持ってかえり、兄の横に寝かせたのである。
兄にあやかしを見る力はなかったが触れば分かるようで、くすくすとくすぐったそうに笑っていた。