幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶
 それから数年。

「そうじろう、そうじろうや」

「なぁに、にいや」

 宗治郎は兄の布団の側まで来て、一つ下の宗治郎よりずっとか細くて青白い手を握った。

「今日は何があった?」

「庄兵衛さんとこの六太が手の指を折って熱を出した。おとっつぁんはお殿さんとこで、おっかさんはお梅さんのとこについてるから、われが痛み止めを煎じて渡したんだよ」

「そうか。六太はよくなりそうかい?」

「うん。お梅さんの赤ん坊は無事に生まれたから、今はおっかさんが六太を看てる」

「そうか。無事に生まれたか」

 善一は心底嬉しそうに微笑んだ。

兄が家を出ることはほとんどないが、宗治郎を通して里の事情に通じているのである。

「逆子じゃなくてよかった」

「おっかさんがきちんと看てたからね」

 母は、何度元に戻してもすぐに逆さまになりたがる、と呆れていたものである。

「とんだ慌て者だね。あの家の二人目の娘はさ」

「どうして娘だと分かるのです?」

「おっかさんには色々な事が分かるのさ」

ハナが前々から言っていたように、赤子は女の子だった。

「いいなぁ、宗治郎は。お前はおっかさんの知識を受け継いで薬師になるのだろう?」

「うん」

 善一とて、身体がもっと丈夫になれば宗治郎と一緒に外に出ることができるのに。

 神のうちを通り過ぎても善一は相変わらず風が吹けば飛んでいって仕舞いそうなほど病弱で、その存在は哀しいほど儚かった。

   
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