幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶
 宗治郎は一人、山の中に入り込み、遊び相手を捜していた。


その相手は大抵人ならざる者だ。


 村の子供たちと遊ぶのだって楽しいが、あやかしたちはまた格別なのである。


あやかしは遊びの過程で最悪なぶり殺しても、母にばれなければ咎められることはない。



 宗治郎には生来残虐な面があり、大人になるにつれてそれは忌むべき性質として宗治郎を苦しめることとなるが、子供である時分にはまだあずかり知らぬことだった。


 そして、宗治郎は、間近に迫りつつある運命の気配すら、全く知り得てはいなかった。


この日、出逢う運命の祝福も、呪いも、まだ宗治郎のものではなかった。


「さばらがさらあにあこうばりんかかのおうか」


 宗治郎の桃色に色づいた口元からは、独特の節がついた奇妙な言葉が絶えず漏れていた。


特に意味があるわけではない。


ただ、こういう風に絶えず口を動かしていれば、こちらから探さずともあやかしが寄ってくるのだ。


 これをやっているのを見つかると父にこっぴどくお叱りを受ける。


村ではどこでも人の目があり、宗治郎が泣こうとも逆立ちをしようとも父母に知れてしまう。


だからこうして、お里をはなれて唄っているのだ。


 宗治郎の声は高く澄んでいた。


やわらかな木漏れ日の射す山の中に、宗治郎の唄は、か細く、愛らしく、しかし妙に妖しく響いた。


 途中で、横に並んだ三人地蔵とすれ違い、思わず目をそらした。


三並びの地蔵は皆一様に微笑んでいた。


いつからここに佇んでいるのか、石は風化している。


随分古いことは確かだ。宗治郎は地蔵の前を通るたび、なんとも言えず嫌な気持ちになる。


このお地蔵様たちだけではない。


神社仏閣の類、小さなお社や古びた地蔵……。


清らかなもの、神聖な場所、そういったものはすべからく宗治郎を拒絶した。


今よりずっと頑是無かった頃、その理由を尋ねると、父は悲しそうに、まるで我が子を哀れんでいるかのような笑みを浮かべたものだった。


「さばらがさらあにあこうばりんかかのおうかせいれんとがなるかあさばらがさらあにあこうりんかかのおう」



 小さな小さな地蔵が、少しばかり怯んだ気がして、宗治郎はにんまりする。



「誰だ、貴様」


 ふいに、鋭い声が宗治郎の身体を貫いた。
 
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