幻桜記妖姫奥乃伝ー月影の記憶
第一章 転校
“回顧録”
一度だけ
本物の魔に逢ったことがある
父親と夕飯の材料を買いに行った
その帰り道のことだった
闇が起き上がる前の
真っ赤な目覚めの刻限
幻影のように浮かび上がる町の片隅に
ぽつんとその美しい生き物はいた
魔はほんの小さな少年の姿をしていた
かたや父親に手を引かれ
かたや凄絶な美しさでもって
立ち尽くすのみ
すれ違っただけだったが
目が合った瞬間、確信した
こいつは魔だと
本能が訴えていた
殺される、と思った
しかし、魔はこちらを見て
笑っただけだった
妖艶と無邪気に引き裂かれた
禍々しくも哀しい笑み
魔は桃色の唇のあでやかな余韻を残して
振り返った時にはすでに消えていた
切れ長の澄んだ瞳が今も
脳裏に焼きついて離れない