はちみつレモン

「宮原先輩、今いいですか」


 隣の席から田中君に声をかけられた瞬間、私はその後に続く言葉を正確に予想した。
 別に私の察しが良いってわけじゃない。これが今まで何十回と繰り返されたパターンというだけ。


「向陽堂さんに添付した書類、他社の分と間違ってたみたいで……」


「……はあ」


 返事より先にため息が口から漏れる。
 田中君は決して無能な社員じゃない。愛想も良いし発想力も根性もある。ただし何をやらせてもケアレスミスが多い。入社してもうすぐ一年が経つというのに、そのせいでどうにも頼りない。


「いつも言ってるじゃない。メール送信する前に確認しろって」


「すみません……先輩先週休みだったし……」


 田中君が口の中でゴニョゴニョと弁解をしている。
 確かに私は風邪をこじらせて昨日まで数日休んでいたけれど、私が横で毎日確認しろ確認しろと言わなきゃメール一つ送れないという訳でもないだろうに。
 田中君の仕事が不安で結局治り切る前に出社して来てしまったので、私はまだ声が枯れている。耳に届く自分の声がいつもと違って不自然だった。

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