はちみつレモン

 ふと目線を上げると、自席から一部始終のやりとりを見ていたらしい課長と目が合った。
 微かに唇の端を上げる、私の好きな笑い方。ヤバイ、顔が熱くなる。



 誰にもやるなよ?



 声を出さずに、唇がそう動いた。


 彼の声が好きで、それが聞けるなら怒鳴り声でも説教でも構わなかった。だから独り占めしたかった。
 けれど今は声なんて出してない。なのに何ですかその破壊力。
 課長からそんな独占欲仄めかした事言われるのなんて初めてで。赤くなるなって言う方が無理でしょう、これは。
 田中君とのやりとりに色気は欠片も混じってないし、たかがのど飴を譲る譲らないの話だ。もちろん課長はそれを分かっているからあんなに楽しそうなんだろうけれど。


「ちょっと陽菜顔赤いよ。熱ぶり返したんじゃないの?」


「えっ?違う違う、もう全然大丈夫!」


 私の顔色を勘違いして心配そうにのぞきこむ美樹に慌てて手を振った。
 放っておけば課長を見つめっぱなしになってしまいそうだったので、ある意味助かったとも言える。


 今日の待ち合わせは午後7時30分。
 二人きりになって開口一番、私は何と言えば良いだろう。
 そして課長は────何て最初に言ってくれるだろう?


 あなたの全ては私のもの。
 そして私の全てはあなたのもの。








fin.
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