【好きだから別れて】
職場で源氏名を使わず、あたしはあえて実名で仕事をしていた。


“これが歩なんです”


自分なりの自己表現でせめて名前ぐらいは嘘で固めず本名で勝負したかったんだ。


親に生まれて初めて貰ったプレゼントを大切にしたかったし、生きてきた証として自分という存在を偽りたくない。


ささやかなプライドかもしれないが、これがあたしなんだと思う。


「歩ちゃん最近冷たくな~い?」


毎日来てくれる客は、笑顔の絶えないあたしを見て変化に気付くのが当然だ。


女が恋で潤えば誰にも負けない輝きに満ち溢れるのだから。


でもここは男女の駆け引きで成り立つ“色恋の場”


男の影に気付かれては商売あがったりで、金は発生しない。


「冷たい?あたしは毎日恋してる女だよ?その日その日出逢う男に恋するんだから」


なんて客を喜ばせる会話で気のある素振りをふっかけつつ、男の影を殺しかわすに限る。


「かあぁ!歩ちゃんは恋多き女かぁ~遊ばれちゃうから手が出せませんな。はははっ」


「手はあたしから出すものでしょ?いい男は手を出しちゃいけないんじゃないの?」


あえて客の手を握り、作られた最高の微笑みを浮かべ、こんなやり取りで金を稼ぐ。
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