【好きだから別れて】
これ以上不審な動きをしたら父の事に気付かれ、何もかもが終わってしまうかもしれない。


築きあげてきた悠希との関係が終わってしまうかもしれない。


大切な愛を。


思いを失ってしまう。


――聞こえないようにすぐ切ればバレない。笑顔のまま切ればバレない


「出る。出る」


あたしは顔の表情を崩さず、平然を装い何もなかったかのように通話ボタンを押した。


「はい。何したの?」


「おぉ。いい感じに過ごしてるか?」


大嫌いなかすれ声がいつにも増して耳障りで、吐き気がする。


余計な話はいいから早く言いたい内容を言って切って欲しい。


内心はこの場で携帯をへし折り、叫んでしまいたいのに悠希が隣にいる以上絶対無理な行為。


「元気にしてるよ」


「そうか。お前はやっぱ店やりたくねぇのか?」


――ほらね。きたよ


一瞬顔を歪ませてしまったが、怖くて悠希をちらっと確認して作り笑いを必死でする。


「その話はちょっと…今忙しいんだわ」


「お前なら大金稼げるのにもったいねぇな」


父はかけてくるたび同じ台詞を口にし、よほどあたしを利用したかったのだと思う。


何がもったいないのだろうか。


金なんかいらない。


父親もいらない…


携帯をきつく握り締め、あたしは怒りを押し殺す。


「すぐかけ直すから」


「おう、そうか」


父の声を最後まで聞き即電話を切ると泣きたい気持ちが溢れ、下をうつむくしかなかった。


もうほっといて欲しい。


理解も心配もしない父親など消えていい…


だが泣くのこらえればこらえるなりに口元が震えてしまう。


「悠希…」


「お前なんかあんのか?電話出たくないのわかったぜ!?」


悠希の声は耳に入ってくるのに、頭では嫌われてしまうかもしれないと葛藤があった。


父は父でも感情の思い入れが互いに全く違う。


悠希はこんなあたしをどう思うのだろか。


――話していいの?話したら嫌われるかもよ?


“嫌われる”という文字がグルグル頭を駆け巡る。


でもあたしを見つめる悠希の真剣な瞳は力強くて、心が持ってかれてしまい苦しくなるんだ。


……もうダメ。


隠せやしないよ…
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