【好きだから別れて】
「あのね。じつは父親に夜の仕事しろって言われてて…」


「はっ!?歩、夜はもうしないんだろ!?」


「しないよ!したくないからずっと断ってるの!」


まさに心の叫び声だった。


小さな体を震わせ、めいいっぱい自分の意志の強さを言葉という形にはせる。


悠希ならわかってくれる。


理解してくれると信じて。


懸命に伝えたくて悠希を見つめていたら瞳が自然と潤んできて、あたしはそんなみっともない姿を見られたくなくて目線を下にずらした。


するとその時。


しつこくちらつく父の残像があたしをストンと闇に押し倒し、瞬く間に頭を支配し始めたんだ。


気持ち悪く微笑んだ顔。


金に見えたであろう客を見渡す風景。


差し出した携帯番号の紙。


「お前は金さえ運べばいいんだよ」と言わんばかりのしつこい着信音…


振り払おうとすればするなり興奮はおさまらない。


“カッカッカ”と血が全身から吹き出してしまいそうで体中が脈打つ。


――きた!パニック!


すでに遅かった。


呼吸はちょっとずつ荒くなり、過去に起きた過呼吸の記憶が蘇る。


あの寒い寒い冬に起きた苦しい記憶。


「お前の体について知ってるんじゃないのか!?」


「し、知ってるよ…ちょっ、待って」


とっさに目を瞑り、自分で呼吸を抑える方法を思い出して、紙袋の代用で両手を丸く包んで口に持っていく。


酸素を吸いすぎたらこうなると前回で学んだ。


二酸化炭素を故意に吸いがむしゃらに気持ちを落ち着かせようときつく目を瞑る。


「歩!?過呼吸か!?」


「待っ…て、待って!今治す!」


あたしは息苦しさにもだえ、心配してくれる悠希に構ってる暇などない。


「はあ、はあ」


眉間にシワを寄せ息を吐き出し、呼吸を整える。


体は冷や汗が吹き出し、しっとり肌を湿らせた。


「歩。大丈夫か?大丈夫か?」


悠希は車を近くのコンビニに止め、あたしのシートを倒し、呼吸が落ち着くまで背中をさすってくれた。


「はぁ、はぁ…待っ…て。治す。治す…」
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