【好きだから別れて】
「ごめんなさい」じゃ済まされない。


彼女は手術当日胸に何をかかえ手術台にのぼり、何を思い一筋の涙を流したのだろう。


異物を挿入され、かき回された下半身にどんな痛みが走ったのだろう。


高校時代レイプされたつらさなんて、彼女の痛みに比べたら天と地の差。


二度と返ってこない大切な命を。


あたしが奪ったんだ…


「歩…」


「ん?」


「お前幸せになるんだな?」


「うん。元気な赤ちゃん産みます」


「そっか…歩?」


「なんだよ」


「幸せになれ!必ず幸せになれ!!」


他の男に幸せにしてもらえと口にしたも同然の「幸せになれ」


もう悠希はあたしに電話はかけないって告げてる。


それなのにしきりに真也を気にしてたあたし。


最後にこう口にして電話を切った。


「おめぇもな!」


~あなたと幸せになりたかった~


この気持ちは誰も触れられぬ深い海の底まで沈め、封印するんだ。


誰にも気付かれちゃいけないんだ。


悠希。


ずっと


ずっと愛してるよ…


兄と真也は店内に置かれたマンガ本を読み、席は静まり返っている。


「お待たせしました」


店員が注文の品を持ってきて、意気揚々とテーブルに乗せた。


「ほれ。肉きたし食べようぜ」


兄は二人を交互に見て沈黙を破り、気をつかって話し出した。


「あっ、うん」


気付かれまいと言葉を選んで悠希と会話したが、バレてるんじゃないか不安だった。


口数の少ない真也がますますしゃべらないから。


「おぉ焼けたぞ。歩」


真也は焼けた肉を箸でひっくり返し話しかけてくるものの、目をあわせない。


二人とも気付いてる。


絶対気付いてる。


今の電話は女ではなくあきらかに特別な男だったと…


カラ元気でわざとらしく


「超うまい!兄ぃ~おごりありがと」


あたしは自分なりに何事もなかった風にごまかし通した。
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