【好きだから別れて】
陣痛の気配などなく突然の破水で始まった出産。


痛みの恐怖で気が狂うのを想像してたが何がどうなってるのか恐怖など全く感じず、逆に浮かれてワクワクが止まらない。


痛みがあったらこんな出だしで済まないだろうが「破水さりげ調子よくね?」なんてバカな事を考える余裕があたしにはある。


じつは変に度胸が座ってたりするのは母譲りだ。


電話を入れ破水した趣旨を伝えたら案の定「即来てください」と言われ向かった病院。


朝こっぱやく入り口で待ち構えていた看護婦に連れられ余裕で階段を登りきると、陣痛室なる場所のベッド上で足を開かれ、破水の有無を調べられた。


「あ~間違いなく破水してるわ。進み具合によるけど陣痛おこさせる注射するかもね」


「えっ、注射やだぁあ~」


「やだじゃないの」


そういいつつ看護婦は赤ちゃんの心音を確かめる為に腹部へ何かを巻きつけモニターがどうたらと言っていた。


一時間。


二時間。


陣痛促進剤の注射が打たれても陣痛の「じ」すらおこってくれなくて、あたしは初産婦らしからぬ態度でふてぶてしい余裕をかましていた。


「痛みぃ~こねぇどぉ~出産んんぅ~余裕ぅう~うっふぅう♪」


とりあえず寝かせられてるベッドの上でセンス無しの即興曲を口にする。


と同室で丸椅子に座る母が呆れ顔でこっちを見てため息まじりに「今日に限って仕事早番でさ。あんた置いて仕事いっちゃっていい?」と寂しいセリフを口にした。


「ババァいろよ~歩ちゃん寂しいじゃんかよ」


「お父さん呼ぶからいいでしょ?」


「えっ!?なんで腐れ呼ぶわけ!アイツいらなくね!?」


「ったく…あんたのお父さんでしょ。今電話してくるから」


突拍子もない発言をかます母はワタワタ部屋を出て行き、本当に父を病院に呼び出した。
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