【好きだから別れて】
軽く引くタイプのドアがスローに開かれ見覚え、聞き覚えのある声があたしの前にふってきた。


「破水したって?もう産まれそうか?はははっ」


「うっせクソジジィ。ちれっ」


「相変わらず愛想のねぇ女だな。お前は根っからつめてぇ奴だ」


「つか文句語るなら来なくてよかったのに」


耳障りなあの声があたしの真上にのしかかり、嫌がらせか父が笑って顔を覗き込んでくる。


うっとおしいしゃべりだし、このタイミングに父がいるのは邪魔も邪魔。


母がどんな神経で父を呼んだのか理解に苦しんだ。


が、母は母なりに何か思惑があるのかもしれない。


どっちにしろベッドに寝せられ身動きはとれないし、ここで喧嘩をしてる場合じゃない。


あたしは納得いかなかったが目を極力合わせないようにして、渋々父を受け入れざるをえなかった。


「失礼しま~す。また子宮口どれくらい開いたか確認させてね」


父が来てから30分おき。


看護婦が部屋に顔を出しにくる。


「あぁ~まだだなぁ。陣痛もこないし。促進剤の注射してくね」


「えぇ!また!?」


「早く赤ちゃん出してあげないとさぁ。我慢我慢」


正確に回数は数えてないが、大丈夫かって本数の注射がうたれてるのは間違いない。


促進剤はあまりよくないって何かの雑誌だかネットだかに書かれてた記憶がある。


赤ちゃんが薬で汚されてる気がして、注射の液を見るのすら罪の意識に移行する。


やめて。


赤ちゃんが苦しいかもしんないじゃん…


体に入ってくる液体を凝視出来ず、あたしは針の刺さった注射を振り払いかけた。


「危ない!動かないで!」


「やだぁあ…注射やだぁあ…」


「痛いもんね」


「違う。痛いとかそんなんじゃない。赤ちゃん大丈夫なの?薬ダメとかないの!?」


「大丈夫。赤ちゃんは絶対大丈夫」


絶対なんてありえない話なのに看護婦は譲らない。


人を信じきれないあたしには不安が拭いきれず、注射をうちに来る看護婦がみんな敵に映って仕方がなかった。
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