【好きだから別れて】
目が合って、やたら早い瞬きをしている医者が苦しんでいるあたしに向かい淡々と口を開いた。


「息むってね。お尻の穴に力をいれるんだよ。わかる?お腹に力入れても無意味なんだよ?あなたさっきお腹に力入れてたでしょ」


「腹に力入れて…あっ、あっ、あ~!きたぁあぁああ!」


おさまっていた陣痛の波が見事に訪れ、二人の会話を妨げる。


ちゃんと呼吸法を習ってない内にあたしの体を陣痛がいたぶり、腰が浮いてくの字に折り曲がりそうだ。


これが産まれるまで何度も来るなんて。


体がもたない。


細胞一つ一つが痛烈に痛くて、悲鳴まじりにのけぞりかえる。


「ムリィィ!!ムリィィ!」


「はい息吸って~息む!」


「ムリィィ!!」


「諦めちゃダメだ!お母さんになるんだろ。しっかりしろ!」


「ムリィィ!!」


興奮ばかりが先にきてまともに息なんて吸っていない。


とことん叫んで悲鳴をあげ続けるあたしの姿は、世間受けした壮絶な映画なんて下手すりゃ抜いてる。


「ほらしっかり!」


「なんか…眠くなってきたよぉ…」


「しっかりしろ!」


「ねむっ…いっ…」


痛みを通り過ぎて再び起きた眠気で頭が朦朧とする。


プツンとスイッチが切れた。


死ぬ瞬間はこんな感じなのかもしれない。


スッと意識が遠退き、騒ぎたてる周りの声も耳が遮断してくれる。


眠い。


眠い…
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