【好きだから別れて】

智也が連れてきた友達の拓（たく）にだけ深く挨拶し、智也は見ず席に座った。


あたしの声に周りの客もただならぬ雰囲気を感じとったのか、ざわつきの中、痛い視線が突き刺さる。


そんな視線などもろともせず、智也は笑って話し出した。


「お前も一人前に飲み屋の姉ちゃんだもんなあ。なぁ、拓」


「だな。智也の嫁だった頃の歩ちゃんとは違う」


二人が夫婦だった頃を知る拓はあたしを頭の先からなめ回し見て、智也と顔を見合せ頷く。


「だから何？なんか言いたいわけ？ってか何しにきたの？」


智也に前回同様、暴れられたら困ると思い、この場から消えて欲しかったあたしは用件だけを急かして聞き出した。


「あ～ん？何しに来たって？客として飲みに来たのと歩元気してっか見に来たんだ」


「構わないでくれる！？あんたとあたしは他人になったの。生きようが死のうが関係ないっしょ。つうかおめぇ新しい奥さんいんだからぬけぬけと元嫁に会いにくんな！」


あたしは感情の赴くまま別れてすぐ浮気相手だった女と再婚した智也に嫌みを言い放ち、席を立とうとした。


すると智也は


「は～ん。歩、男出来たかぁ？あ～ん！？」


上から目線で馬鹿にした声を出し、顔を歪ませた。


憎たらし男。


火でも付けてこっぱ微塵に燃やしてやりたい。


「てめぇが知ってる男と付き合ってるつんだよ！消えろ腐れ。じゃあな」


「はっ？ちょい待てよ！座れや！俺の知り合いって誰だ！！」


席を立とうとしたが腕を掴み阻止され、智也の表情はみるみる曇っていく。


「誰でもいいだろ！」


「言えやこら！！」


うわ。この顔はヤバイ。殺られる


あまりの豹変ぶりに殺されかけた日がリンクし、骨っぽい腕に力が加えられ、痛みも手伝ってか体は小刻みに震え止まらない。


「誰だつってんだろ！」


「あっ、け、慶太…」


脅しに近い言いっぷりに生まれた恐怖心。


つい弱腰になり、口を滑らせてしまった。