【好きだから別れて】
弱りきっていたあたしはどこに走り出せばいいのか。


逃げたくても逃げ場など見当たらず、道なき道へ裸で放り出されたも同然だった。


あの夏が眩し過ぎて。


あの唇が恋しくて。


懸命にふりきったのに未練たらしく悠希の影を追い、携帯にアドレスを打ちアルファベットを眺めている。


何度も何度も文を作り、そして消す日課。


『元気?』


短い文章なのにその短い一言が送れず。


『元気?』


削除


『元気?』


削除


真也がいない時間を見計らっては幾度となく意味のない無駄な行為を繰り返していた。


そんなモヤついた気持ちの中、光が生後10ヶ月を迎えた。


まだ立てはしないがつかまり立ちを必死にするようになった光の動きは早く、だんだん目が離せなくなるヤンチャぶりを発揮してくれる。


「マンマァ」


「はい。光うまいのね~」


周りの子に比べ食は細いが離乳食を食べテーブルを叩き、ちょっとずつ催促も出来るようになってきた。


とても可愛い盛りで子の成長と幸せを噛みしめる時。


それなのに夫婦中は険悪で、真也が仕事に行くとホッとしてしまう。


あたしは憎しみをたてに完全に真也をけ嫌いしていたんだ。


「ひ~くん。パパ好きですか?」


「パァ~~、マンマァ」


「まだわかるわけないか…」


光に気持ちを聞いても答えられないのに頭にある真也との別れを息子に押し付けているなんて…


言葉が通じない相手にしか本音を言えない自分がいた。
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