【好きだから別れて】

・そして…

あれから時は流れ、三年の月日がたった。


「ママ~起きてよぉ~」


上掛け布団を無理矢理はぎ取られる朝。


そこには愛しい我が子の笑顔があって、いたずらっ子が腹部に跨がりズシズシ全体重をかけてくる。


重くなった体重は結構ダメージを与えるパワーがある。


「ひぃ~君ぅぅんデブぅぅ。痛いぃぃ。ママ眠いから起きたくないよぉ~ムリィ~」


放り投げられた布団を引っ張り、あたしは母親らしからぬワガママな抵抗をする。


柔軟剤の甘い香りの染み込んだシーツに顔を埋めて、ギュッと抱き締める。


我が子「光」はもうすぐ4歳になる。


天然な赤茶色い髪の下には相変わらず女の子と勘違いされるホンワリ顔。


手足の伸びた体に羽織った水色のパジャマ姿をひっさげ、やたらテンションが高い。


「ほらぁ~お~き~て」


「やだぁあ」


「マァ~マァ~お~きぃてぇ~」


「はいはい。わかりましたぁ~ママはお寝坊が許されない可哀想なママなのねぇ。あ~じつに残念だぁ」


光に手を引っ張られ重い体を起こし、あくびをしつつ手を繋ぎしぶしぶ茶の間へ向かう。


すでに付けられたテレビに映るのは光向けの幼児番組。


「ねぇ、ママの大事でミルク飲むの?」


「あはっ、そうだね。ママの一番大事でミルク飲むのね」


食器棚に置かれた黄色に葉っぱや花の模様が描かれたカップ。


それは悠希と二人の部屋で使っていた思い出のカップだ。


何でも捨てて歩いたくせ、ずっと捨てられず引っ越しのたびこれだけは持っていった。


毎日毎日、このカップは必ず使う。


精神科でもらった薬はこのカップで飲んでいた…


くたくたなあたしを救い出してくれた悠希は薬を飲む時。


このカップを差し出し「飲み忘れんなよ~」と優しい笑顔で微笑んでいた。


今は薬を飲むカップではない。


思い出の詰まったあたしの宝。


割れる事もなく生き残るカップ。


あたしの心そのもの…
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