【好きだから別れて】
その夜。


あきらかに泣きはらした目だったがママとの約束通り仕事は休まず、肩を落として職場へ向かった。


仕事をしていても浮かぬ気持ち。


客の前でも全然笑えなくて、大好きな酒を飲む気すら起きない。


客から貰った単品の烏龍茶を飲み、与えられた仕事をこなすだけだ。


「歩ちゃん今日元気ないな。目腫れてるし、なんかあった?」


「別になんも…」


席に着くたび客から心配され、情けない姿を披露して回っているのにあたしの頭は慶太で一杯で、周りの反応などどうでもよくなっていた。


「ほら。空になってるぞ。飲み物持ってこい」


「あっ、すいません。いただきます」


飲んでいた烏龍茶が空になっているのさえ気付かない有り様。


金を貰ってるのにじつに失礼な女だ。


客に言われるがままカウンターに取りに行くとママは腕を組み、何か言いたげにしていた。


目が合い顎で合図され視線の先を見たら、バイブにしていた携帯が振動している。


「ひっきりなしに鳴ってるよ」


「えっ、見てみます」


急いで携帯を確認すると画面には“慶太”の文字。


慶太!?どうしよう。どうしよう


慶太は付き合ってから仕事中に電話を一度もよこさなかった。


鳴らない電話が鳴る意味は?


嫌な胸騒ぎを感じた。


「ママすいません。ちょっと電話してきます」


「忙しいからすぐ帰ってこいよ」


「はい」


ママの許可を取り、周りを見渡し客に気付かれぬように携帯を手に隠し、さりげなく外へ出た。


冷ややかな風が頬を刺激して痛く寒かったが息を飲み、慶太へ電話をかける。


「もしもし」


「歩だけど…」


「お前、今仕事中だよな?」


「うん。でも大丈夫。着信あったから掛けたんだけど」


たった1日声を聞かなかっただけなのになぜか遠い人に感じ、ぎこちなく会話は始まった。


「昨日電話出なくて悪かったな」


「ううん。歩が悪いんだもん。ごめんね」


「……」


静まり返る空気がやたら重たく感じ、あたしは会話を続けた。


「智也電話かけたじゃん。嫌だったよね…」


「かなりな。あのさ…」


「ん?」


「じつはさぁ。あの後も電話かかってきたんだ」
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