雨に似ている
「ショパン作曲『別れの曲』」は、ショパンが祖国ポーランドへの慕情を込めて作曲した曲だ。
ショパン自身「これほど美しい旋律を書いたことがない」と、語ったほど惚れこんだ曲だと言われている。


ーーが、この弾き方は……。なんて明け透けで無防備な飾らない感情を音に託しているのか。
悲しみも寂しさも何1つ包み隠さずに、それ以上に伝わる迷いも


貢は以前に聴いた見事な「マスネ作曲『タイスの瞑想曲』」の自信に満ちた演奏とはまるで違う儚さを感じた。

ヴァイオリンの音に覇気がないとも思う。

先日の音が満月の光なら、今の音は頼りなく三日月ほどの光さえ感じられない。

幽かな淡い灯火のようで、何を憂い何を悲嘆し弾いているのだろうと思う。


「貢! 屋上、屋上から聴こえるわ」

貢は郁子の言葉に強く頷き、階段を一気に駆け上がった。

逸る気持ちを抑え、音色の主に気付かれないよう、そっと扉をあける。


ーーやはり、周桜詩月!

貢は憂いを帯びた後ろ姿に納得し、詩月の演奏に耳を澄ませた。

あまりの切なさに息が詰まる。

貢は詩月がピアノでは計算しつくし繊細で感情を抑えた、一分の隙も感じさせない完璧な演奏をするのに、ヴァイオリンでは感情を露骨に表し、思いきり明け透けに、自由に思い託して弾いている気がした。

!……できない……

詩月の呟きがヴァイオリンの音に、掻き消される。

掠れた微かな声は何を言っているのか、全く聞き取れない。

が、詩月の音が途切れ、詩月が袖口で顔を拭っているのが判る。
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