雨に似ている
詩月は呼吸を整えようと、数回息を吸っては胸をトントンと叩く仕草を繰り返す。

郁子は沈黙したまま、詩月の背を擦る。


郁子の頬を静かに涙が伝った。


「! ……何故、君が泣くんだ」

郁子は、慌てて涙を拭う。

涙は拭う側から、再び頬を伝った。


「おかしな奴だな」

詩月の声は震えている。

郁子は、涙に濡れた顔で懸命に笑顔を作ってみせようとする。


「……そんなに辛そうな笑顔は見たくない」

詩月は冷たく言い、郁子から目を反らした。

郁子は、2年前のコンクール。

詩月の弾いたショパンの『雨だれ』を思い出す。

寂しさと切なさと、虚しさが込み上げてくるのを覚えた。


あの日、詩月に負けた悔しさが込み上げてくる。

あの日以来、郁子は詩月をライバルだと思い続けている。

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