私の優しい人
「着いたらメールして」
 彼はいつもの別れ際の言葉を残し、背を向けた。


 彼が持っているビジネスバッグは私がプレセントした3泊程度こなせるサイズのもの。

 見た目の良さと持ち手の長さで選らんだけれど、彼にはぴったりだった。

 持ちなれた姿から、それを何度も使ってくれている事がわかる。


 小さくなり人波に掻き消える姿は、この先の別れを連想さる。

 春が来たら彼はこの駅から旅立つのだ。

 近い未来の衝撃への備えとしての、慣らしをしているかのよう。


 彼はまだここにいる。
 忘れちゃいけない。別れはまだまだ先だ。

 未練を断ち切るように、くるりと方向転換し歩きだす。

 まだ別れを悲しむには早すぎる。


 もうすぐクリスマスもある。一年で一番盛り上がる時期を、沈んでいては勿体ない。

 通り過ぎるショップは鮮やかな赤と金色を纏っている。
 何度目をやっても、私の心はなかなかその華やかさに流されてくれない。

 目が滑って、景色はぼやけ、横に過ぎるだけの線になる。


 遠距離が別れの理由になる事はあり得ない。

 私は彼に出会ってからいい事ばかりだけど、彼にとって私はどういう存在だったのだろう。

 私は啓太さんに甘える事を知ってしまった。

 父が居ない母との暮らしを心配してくれた時、迷いなく母への想いを話していた。

 決して誰にも言えなかった思いは、蓋を開けてみたら驚くほどに淀みなく流れてた。

 目の前にいたのが、彼だったから、啓太さんだったからだ。

 彼じゃなければ、泣きながらそんな事、吐けない。
 それだけの事でも心と心が重なった気がした。
 
 だったら啓太さんは、彼はどうなんだろう。

 私もあなたの為になれていると信じたい。

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