私の優しい人
 最初のこのお店の選び方もそうだし、彼にはラブな空気とか、私をどうにかして手に入れようとかのガッツは感じなかった。

 初対面の席からそういう匂いを感じさせない草食系っぽさも感じとっていた。

 まあ、そのあたりの最初の冷静さはお互い様だったかもしれない。

 それなのに、小さな気持ちを確認してそのあとすぐ、私は手を引かれて小さな通りに向かっていた。

 店を出て数分も歩けば、今まで足を向けた事のない場所に出る。

 今まで知らなかったけれど、オフィスしかないと思っていた街にもラブホテルはあった。

 古びたビル、マンション、飲食店を抜けた先の隙間に、こじんまりとしたホテル。

 彼は場所をわざわざ調べたのだろうか、それとも使う機会があったのだろうか。

 それとも、他の誰かと来たとか。

 少しの引っかかりを感じていると、彼は急に立ち止まった。

「里奈」
 と初めて呼び捨てにされて胸が高鳴る。

 私の戸惑いを知っていて、それを伺うような声だった。

 もしかしたら火が着いたのはそこから。

 胸がぎゅっと掴まれたように縮まり、思わず手をそこにやる。
 正直に言うと、出会ってすぐ彼との結婚を勝手に予感していた。

 もしかしたら、付き合いが進めば、彼の気も身を固める方へ変わるかもしれない。
 そんな希望も無いとは言い切れないし、少しの願望を持ってもいいよね。

 出会ったばかりだとか、軽く見られてるんじゃないかとか、戸惑う気持ちはない。

 場所だって気取らなくていい。
 何も、心配する事はない。

 小さなキスをもらい、一つ微笑み合い、また私達は歩き出した。
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