王子の結婚
湯殿から上がり、夜着の支度をキーナにされながら昼間のことを頭の中で反芻していた
湯上がりというだけでなく頬が赤くなっていたのだろう、キーナが昼間の話をはじめた
「ソウ王子はあんな甘い言葉を言う方だったんですね
イル王子でしたら甘いというか、口説くことを日常茶飯事とされてるような方だとは存じておりましたが」
離れがたい一時を過ごしたあの場には、もちろんキーナもいた
あの時を思い出すかのようにうっとりとした表情で、
「ソウ王子の愛が溢れているようでした」
両手を合わせ、指を握り込みながら熱く語る
「女性に対しては優しくもクールな方だと思っていたので、本当にこちらが恥ずかしくなるくらいでした」
キーナの言葉を聞いてあの時を思い出し、自分まで照れてしまったが、ふと一言が気になった
「王子は女性に対してクールなの?」
キーナはそういう彼を見たことがあるのだろうか
少しでも自分の知らない面を知りたいと思った
「王宮にいらっしゃるご令嬢やご婦人への対応は優しいように見えて、どこか冷たさを感じていました
私がそう思っただけなので、他の方や実際はどうか分かりませんが、物腰は柔らかいのにどこか距離を置いて関わらないようにしている、そんな感じに見受けられました」
この数日でキーナの人柄が少し分かってきていた
彼女は人をよく見ている
その人の感情にいち早く気付き対応する
キーナの優秀さは、そんなところも判断されているのだろう
そんなキーナが感じ取ったソウの雰囲気は、きっと間違いないのだろう
「私といる時のソウ王子はいつもいつも甘くて、時々ちょっと意地悪にもなって、距離なんて少しも取らせてもらえないのに…」
口に出すとそれらの場面が思い出され、恥ずかしさまでもが蘇る
ユナの呟きにキーナがすぐさま言葉を紡いだ
「だから愛が溢れているんですよ
距離なんて取る必要ないほど、ユナさまを愛してらっしゃるんですよ」
愛というソウにすら言われていない言葉を耳にしてまた顔に熱が伝う
彼から与えられる言葉も態度も、確かに愛情を感じられる
でも直接『好きだ』や『愛している』などの言葉は言われていない
それは当然だ
はじめて会ってまだ10日ほどしか経っていないのだから
その間、毎日会っていようが愛を育むような時間は足りていない
彼が自分を愛しているはずなんてない!
今更ながら、そんなことに気付いてしまった
でもユナはソウを想っている
幼い頃から決まっていた許婚
その頃から抱いてきた偶像を慕う気持ちがあった
だから目の前に現れた本当の婚約者を愛しているという錯覚をしているのだろうか
ソウから毎日のように甘い言葉を囁かれ、恋に恋するように、彼自身を見るのではなくこの状況に浸っているのだろうか
カイを見た時のような、綺麗な人に憧れを抱くようなときめきはない
けれどソウの優しさや甘さ、強引さに触れると胸が高鳴る
『愛している』とはなんだろう
その気持ちが分からない
また、ユナを愛しているわけでもないソウが、ユナに注ぐ愛情はなんなのだろう
ユナは出口のない迷路に迷い込んでいた