王子の結婚
ソウの隣で黙って話を聞いていた
昔話を終え、独白を続けていたソウがユナに話しかける
「ユナが小さい頃のことだからきっと知らなかっただろうね、この国の危機は」
そんな状況などまるで知らなかった
ユナの家は最上位の貴族で、もちろん貧しさなど縁のないものだった
でもそれよりも衝撃を受けたのは…
「僕にはね、ユナの前に別の婚約者がいたんだ」
昔話がソウの話だとすぐに気付いた
だから“彼”が国のために姫と結婚する、ということに衝撃を受けた
胸が苦しい
ソウに妃がいるという話は聞いたこともなかった
幼かったユナが覚えていないだけで、実際にはいたということなのだろうか
何かの事情で今は離れているだけで…
でも他に妃を作らなかった、というのは偽りだった
何が真で、何が偽なのか、もう分からない
一人思い悩んでいくユナの姿を見て、ソウは優しい声音で続けた
「妃はいないと言ったよね
彼女とは結婚しなかったんだ」
なぜ?
そうしなければ潰れてしまうほどに国が荒れていたのに
つい口をついて出そうになった言葉は、表情で訴えるだけに止まった
結婚しなければ立て直せなかったのではないのか?
「婚約と同時に同盟が組まれた
そしてすぐに資金援助も始まった
それで何とか行政を整えはじめたんだ
元々荒れていた国を立て直したのは国王だからね、力さえ発揮できれば収束できたんだ」
婚約と共に得た資金援助で国が立て直せたら、もう必要ないとその姫を切り捨てたのか?
そんな非情なこと、できるはずがない
それにそんなことをすれば戦争を引き起こしかねない
答えは意外なものだった
「あちらから断ってきたんだ、同盟も解消すると
理由も曖昧なもので、的を得なかった
僕は正直喜んだんだけどね、周りはそうもいかない
国と国の繋がりだからね、そんな簡単に済ませられない
あわや戦争か、というところまで発展したけれど、国の力の弱かった当時、敵に回せる相手ではなかった」
この国とその大国の間に何があったのだろう
「姫が流行り病で病没したとか、他に嫁いだとか、色んな噂は流れたけれど真実は分からない」
ソウは本当に何も知らないのだろうか?
誰をも凌ぐ才知があるのに
「あの頃の僕は幼かったんだ、どんなに周りから聡明だと言われても
子供のわがままと同じ、嫌なものは嫌で
理由なんて何でもいい
なくなったという事実が全てだった」
ソウが話し出したこの昔話の行き着く先が、もう目の前だった
「ユナがもし僕と同じ気持ちを抱えていたとしても、僕はあの国のようにユナを手放してあげられない
自分ではどうにもならない無力さも知っている
だからこそ僕の感じたあの苦痛と嫌悪をユナに与えたくない
僕のできる限りで君を幸せにしたい」
ソウの強い意志が現れた声
過去の自分とユナとを重ね合わせ、そんな思いをさせないようにと、また自分の気持ちを犠牲にする
本当に優しい人…
偽りの愛情を向けてくれる理由を理解した
避けられないのら向き合うしかない
彼はそうやって自分に言い聞かせたのだろうか
『好きだ』
『愛している』
とは言わない
でも、
『幸せにしたい』
『大事にしたい』
と、愛そうとしてくれている
私を思い、愛を与えてくれようとしている
それなら私も自分のできる限りで彼を幸せにしよう
愛されたいと嘆くよりも、私から彼に溢れるほどの愛を注ぐ
自分より相手を想う、彼から教わった大切な気持ちを大事にしたい
そう思った