王子の結婚
翌年の一年
街の様子は変わりなく、平安な日々が綴られている
わずかな変化は王の動向
各地へ自ら赴くことが度々あった
その内実はなく、文面から事の次第を読み取ることはできない
でも確実に何かが動いていた
そう思えた
ソウからの昔話があったからだろうか
この翌年はソウが10歳になる年
国の混乱がはじまる
この先を読み進めれば、彼の苦悩が分かるのではないかと
彼の背景を知れば、少しは歩み寄れるのではないかと思った
浅はかな考えではあるが、今できるのはこれくらい
少しでも彼を理解したいのだ
三冊目に手を伸ばしたところでキーナの声がかかる
「失礼します
ソウ王子が夕食をご一緒にと」
部屋がうっすらと陰り出しているのも気にならないほど、書に目を通すことに没頭していた
「もうそんな時分なのね
今日は王子から何も聞いていなかったから会えないと思っていたの、嬉しいわ
すぐに用意するわね」
国史書はそのままに、身支度をして部屋を出た
ソウは既に席につき、ユナが入ってくるのを見ると微笑んだ
「今日は君に会えないかと思っていたけれど時間が作れて良かった
美しい君の姿が見られるだけで、政務の気苦労なんて吹き飛ぶな」
相変わらず涼しい顔で甘言し、自分の隣へと招いた
向かい合うのが普通だが、彼はいつも隣に席を準備している
「会えないと思っていたので嬉しいです」
頬を染め、彼を見る
王子に返す言葉は、自分の心を露呈しているようで恥ずかしい
でも言葉に出来る想いなら、全て伝えたい、愛を示したい
「ユナを懐に入れたいけど、まずは食事にしよう、また食べ損なってしまう」
そう笑い、料理を運ばせた
愛しい人の前で口を開け、食するというのは何故こんなにも恥ずかしいのだろうか
その姿をにこにこと見つめ続けるソウのせいでもあるのだが
「そんなに見つめられては食べにくいです…」
チラッとソウを見て抗議はするものの、暖簾に腕押し…
「僕は君を見てるだけで満たされる
僕の楽しみを取らないで」
そしてまたかぁ、となって料理を口にできなくなってしまう
「ちゃんと食べて、痩せてしまうよ?」
自分はしれっとした顔で食事をはじめる
誰のせいだと思って…!
とは思っても、そんなやり取りも幸せだった
ゆっくりと取った食事も終え、人払いを済ませたいつもの二人の世界
少しも慣れないソウの膝の上
彼はいつも自分の元へと引き寄せる
離れていた時間を惜しむように、時間の許す限りを側で過ごす
優しく甘い、彼の柔らかな感情だけを私に与えてくれる
幸せな二人の時間
昔から決められていたこれは、意のない結婚などではないというような一時
「今日は何をしてたの?」
ユナを胸に抱きなら他愛のない話をする
「何もすることがなくて…
キーナに書庫を教えてもらいました
あまりの蔵書に驚きました」
ソウは一瞬眉根を寄せる
胸の中のユナにはその表情は見られていない
「そう、あれは国の情勢を見るためにも様々なものを取り寄せているからね
あそこは官吏たちもよく顔を出す
女人の立ち入りも可能だが、ユナはまだ公式の身じゃないからね、控えた方がいいかも
何か読みたい書物があれば言って、届けさせる」
ソウは優しさをかぶせて本音を隠す
ユナはそれに気付かない
「そうなんですね
今日は誰もいらっしゃらなくて、てっきりあまり使われてない場所かと…
では次からは王子にお願いしますね」
ユナもまた本音を隠す
ソウのために、ソウの背景を知りたい
嘘をつきたいわけじゃない、でも
それを本人に伝えるのは今じゃない
少しでも理解できる、と自信がついてからと
ソウの隠した本音など、少しも気付かない
知らず知らず、その扉はもう目の前に…