王子の結婚
兄上の計らいで、誰にも見つかることなく何度か抜け出していた
その度に貴族の家に預けられるけれど
部屋には人を来させないようにしていつも抜け出した
そして行く先はあの林
僕はそこがとても気に入ってた
その時もいつものように一人、行き場のない思いに悩み、打ちひしがれていた
そこにやってきた一人の小さな女の子
「お兄ちゃん、だれ?」
幼いながらも見目麗しい女の子
笑ったらもっと可愛いだろうに
でも、子供らしい表情がない、というより感情が見えない
感情を押し殺さなくてはいけない自分と重なって見えた
「僕は…カイ…」
咄嗟に兄上の名前を騙った
子供ながらも、皇太子という立場を分かっていたから
その子はユナと名乗った
自分よりも遥かに幼いその子は、普通ならよく笑って、泣いて、感情豊かな年頃のはず
でもそれが見えない
「ユナちゃんは一人でここに来たの?
おウチの人、心配するよ?」
見たところ4、5歳といったところ
こんな幼い子が一人で外にいることに疑問を持った
「いらない子だから…
お父様もお母様も、私のこと嫌いなの」
そう言った顔は、少し憂いがかって見える気がした
「だから私がいなくなってもいつも気付かないの
でも私、どこにも行くところがないから…」
まるで大人びた表情
あえて全てを見せまいと、感情を押し込めているようで
とてもその身体に見合った歳とは思えない
どんな家庭の事情かも分からない
『そんなことない』など易々と言えない
口先だけだと見抜かれてしまうと思った
こんな幼い子を相手に…
だから僕は自分のことを話した
「僕も行くところがないんだ
いなきゃいけない場所、しなきゃいけないことがあるのに、そこは僕がいたいところじゃないし、したくない
逃げ出したいのに、どこにも行けるところがないんだ」
皇太子でなければ、こんな結婚しなくて済んだのに!
王宮から逃げ出したい!
何度も考えて、何度も諦めた
できるはずなどない
「同じだね」
表情のなかったその子が、少し笑ったように見えた
こんな子供相手に何言ってるんだ、そう思ったけど、兄上にも見せられない自分を見せられた気がした
それからも何度かそこに出向き、再びその子に会った
僕は一人で、皇太子ということは伏せながらも、重くのしかかった身の上話をしていて、その子は隣でただ話を聞いていた
こんな話しても分かるはずもないのに
でも黙って聞いてくれていることに救われた
この子は本当に幼女なのか?
もしかして術者に子供の姿にさせられたのかと、馬鹿げたことまで思った
それくらいに幼女相手な気がしなかった
「ユナのお父様はお兄様の先生で、いつもお兄様といるの
ユナには話しかけてもくれない」
僕の話に便乗したのだろうか、突然話し出した
どこか違和感を感じた
隣に座っているその子に向き直ると、さっきまでの無表情ではなかった
「お母様はいつも側にいないの
ユナはお母様と一緒にいたいのに、近寄ると怒って離れていってしまう」
感情を表に出していた
それに話し方が前と少し違う…?
「ユナにはいつもセイラが側にいるだけ
セイラもシュウも、他の皆も優しいけど、ユナがあの家の子供だから…」
従者の名前だろうか
母と一緒にいたいと請う姿は子供そのもの
それは年相応に見えた
この前や、さっきまで見せていた表情とは全く違う
今にも泣き出しそうな顔
でも必死で我慢している顔
「我慢しなくていいよ」
見られるのが恥ずかしいのか?
女の子はこの年頃でもませてるし
「泣いたらもっとお母様に嫌われる
ユナの泣き声が耳に触るって…」
こんな子供にそんなことを言う母親なのか!?
衝撃を受けた
王家は厳しい教育はあるものの、王と王妃という立場があっても、ちゃんと父と母の顔も見せてくれていた
今でこそ父は厳しいが、もっと幼い頃は僕を可愛いがる普通の父親で、
母は今も昔も、僕に見せる顔は王妃ではなく、母親だった
親が子供にそんな対応をするなんて、信じられなかった