雨恋~雨のちキミ~
でも───


「今の…聞こえた?」


「今の───ですか?」


聞いていたとは口が裂けても言えないから、何も知らないふりをして首を傾げた


「あ…いや、何でもないねん。気にせんとって、ゴメン」


チラッと見えた切なげな先輩の瞳が、あたしの中の不安を掻き立てる

顔見知り程度の先輩に、それ以上掛ける言葉が見つからず

遠ざかっていく先輩の背中を、ただ見つめることしか出来なかった


「あら、お客?」


開いたままのドアから顔を覗かせる渡邊先生

少しだけ開いた唇は艶々で、天ぷらでも食べたのかと思うほど


「どうしたん?」


「………あ、バレーで突き指を…」


すっかり忘れていた痛みが急に指先に戻ってきた

薄ピンクから紫色に変わってしまった指の爪を見せると、『痛そー』と眉をしかめ部屋の中へと入っていく

先生の後ろに続いて中に入ると、丸椅子を勧められた


「もうすぐ授業終わるけど、午後からいける?利き手、右手やんな?」


スプレー式の鎮痛消炎剤の匂いが、湿気を含んだ保健室に広がる

さっきまで先輩が寝ていたであろうベッドは、布団が半分だけめくられその存在を残していた


「聞いてる?」


「───え、あ…すみません。ボーッとしてました」


素直にそう言うと、先生はクスッと笑って何かを取りに行き、あたしの左手に乗せる
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