雨恋~雨のちキミ~
部屋には、熱さを逃がすため飲み物に吹きかけるあたし達の息遣いと

何度も机にカップを置く音だけが響く

しばらくの沈黙の後、思い切って口を開いた瞬間───


「「………あの…」」


先輩と声が重なった


「え………」


「あ…、ごめん。何?」


「いえっ…。先輩、どうぞ」


お互いに譲り合い、また沈黙

沈黙のたび、どうしたらいいか分からずずっと俯いていたけれど

テーブルを挟んだ向こう側から、フッと笑う声が聞こえ反射的に顔を上げた


「不思議な感じ」


意味が分からず首を傾げる


「名前も知らんのに、こうやって喋れるとは思ってへんかった」


両手を体の後ろにつき、片膝を立てて表情を崩す先輩


「え…、なま…え………?」


あ、そっか

先輩はあたしのこと知らないんや


「あの………恵、です…。恵…千賀子………」


リラックスする先輩とは逆に、あたしはその場に正座して両手を膝の上でギュッと結んだ


「恵………千賀子…。どっちも名前みたいやな。恵ちゃん………うん、可愛い」


『恵』


里やんや塩野くん、他の男子にも当たり前のように呼ばれる苗字

それをただ呼ばれただけなのに

心臓がバクバクと激しい音を鳴らし、耳が熱くなる


好きな人に呼ばれる名前って、こんなにも特別やったんや


憧れの先輩に、あたしの存在を知ってもらえたことが嬉しい
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