2・5次元の彼女
駅の改札前に辿り着くと、不意に綾が口を開いた。
「水原さん、来週の土曜日空いてますか?
お試しデート、してみません?」

問われて一瞬、景斗は悩む。
特に断る理由も見つからないし、いきなり断るというのも失礼だ。
「構わないけど……」そんな歯切れの悪い返事をする。

「じゃあ、約束です」
綾は景斗の手を取ると、強引に小指を絡ませ、ぶんぶんと振った。

指きりなんて、いつぶりだろう。
彼女の指は小さくて細くて、壊れてしまいそうで怖くなる。

「楽しみにしていますね」
無邪気に笑う眩しい笑顔に、プレッシャーを感じた。

彼女を楽しませることなんてできるだろうか。
デートなんて久しぶりだし、ここ数年、女性を楽しませるという行為を考えることがなかった。
やっぱりつまらない人だったなんて振られるのも、それはそれで辛いものがある。

景斗のためのお試し期間なのに、いつの間にか、こちらが試されているような錯覚に捕われる。

「それじゃあ、また来週、会社で」
「うん、気をつけて」
彼女は手を振りながら、笑顔で改札を抜けていった。

景斗は緊張から解き放たれて、大きくため息をつく。

お試しとはいえ、付き合うことになってしまった。
よかったのだろうかと自問自答しながらも、完全に主導権を握られてしまった景斗は、何ひとつ主張することができなかった。
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