幸せそうな顔をみせて【完】
 居酒屋でビール。


 確かに魅惑的なお誘いだし、仕事のご褒美としてはコンビニのチョコレートよりも全然いい。でも、ちょっとだけ副島新を欲しかったりする私は…。少しだけガッカリした。別に抱かれたいとかそういうのでは無くて…。一緒にいる時間が欲しかった。


 前はそんなことを思わなかったのに、付き合いだしてからの私は少しずつ欲が出ている。


「ビール飲みたいかも」


「じゃ、行こうか」

 
 会社を出るといつもは真っ直ぐ駅の方に行くのに、今日は駅と反対の方に副島新は歩き出す。いつも飲むなら私と副島新の住むマンションの最寄りの駅に帰ってから飲むのに、今日はどうしたのだろう。


「駅と反対だけど」


「ああ。今日、教えて貰った居酒屋に行く。帰る時はタクシーで葵のマンションまで送るから安心して飲んでいいから」


「火曜日から酔い潰れるまで飲まないから」


「酔いつぶれても看病くらいはするから、さ、ここだよ」


 副島新がそう言って立ち止まったのは一枚板の看板に綺麗な文字がしたためてある店で、居酒屋でビールという雰囲気ではない。その看板には『うたかた』とある。ガラス戸の奥にはどのような店が広がっているのかとドキドキする。


「誰に教えて貰ったの?」


「小林主任。でも、小林主任も本社の時に一緒だった上司に教えて貰ったって言ってた」


 副島新がガラッとドアを開けると、そこには薄暗い空間が広がっていた。


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