幸せそうな顔をみせて【完】
10 終わったはずの恋
 水曜日の朝は清々しい。


 カーテンの隙間から静かに零れる光に重い目蓋を開けると、いつもの私の部屋だった。昨日の夜は少しの酔いもあり、離れがたく副島新と一緒に朝を迎えたいと思ったけど、副島新は自分の信念を曲げるような人ではない。私を駅前で拾ったタクシーの中に乗せると自分も乗り込み、言ったのは私のマンションの住所だった。


 残念だと思いながら少し下を向いていると、タクシーの後部座席に突いていた手に温もりを感じた。副島新は私とは反対側の窓から流れる景色を見ながら、私の手を握っていた。その温もりが私だけが離れがたいと思っているのではないのだと教えてくれる。


 反対側の窓に映る副島新の表情は…。
 
 とても綺麗だった。


 時間にして15分くらいで私のマンションに着いた。私だけが降りるかと思ったら、副島新も一緒に降りてきて、私たちを乗せてきたタクシーはゆっくりと進みだし、次第にその姿を小さくしていく。そんな後ろ姿を見ていると不意に副島新の言葉が私の耳に届く。


「早く寝ろよ。明日も仕事頑張ろうな」



 既に日付も変わって静まり返った住宅街だから、大きな声が出せないからか、囁くようなその声にドキッとしてしまう。言っている内容は極々普通のことなのに心臓の高鳴りも顔の高揚も抑えられない。


「誘うなよ」


「え?」


「葵のその顔が俺を誘う」


 どんな顔をしているというのだろう。私はただ、ドキッとしてしまっただけ。

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