幸せそうな顔をみせて【完】
 尚之の親は有名な資産家で会社をいくつも経営していた。大学卒業と同時に父親の会社に入った尚之は地元に残り、私は家を出て会社の借り上げのマンションで一人暮らしを始めた。大学の間はずっと一緒に居たし、恋が深まるうちに当然のように結婚するものだと思っていた。


 でも、現実は甘くなくて恋が破綻したのはそれから半年もしないうちだった。



 毎日の電話やメール。時間が許せばお互いに会いにも行き来した。でも、それは次第に間隔が空き始め、仕事が忙しく新しい生活に慣れるのに必死だった私も尚之との恋愛よりも仕事の方を選んでいた。せめて、近くの企業を選び就職してさえいれば、恋が破綻することもなかったかもしれない。



 でも、私は新しい土地での生活を始め、その結果が自然消滅だった。


『もういいよな』


 たったこれだけの言葉。


 だから、終わってしまった恋に涙をすることも出来なかった。少しの空虚感はあったけど、それでも何も言えなかったのは私が地元での就職をしなかったからだし、尚之以上に仕事に夢中だった。全てが尚之のせいでも私のせいではないけど、だからと言って時間も巻き戻せなかった。


 宙ぶらりんのまま時間だけが過ぎ、いつしか仕事に余裕が生まれだすと自分の中で副島新の存在が大きくなってしまっていた。目の前にいる尚之は既に私の中では過去。でも、私は今、過去と対峙してる。


「それは私も一緒。地元を出たのも一人暮らしを始めたのも私だから。それに関して何も言えないから」


「本当なら葵に会いに来るべきじゃないと分かっている。でも、どうしても聞きたいことがあって…」


「何?」

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