幸せそうな顔をみせて【完】
 ゴクゴクと一気に飲みたかったけど、さっき泣いたばかりで、一気に流し込むことが出来ずにチビチビと飲む私は何度も休みながら半分くらい飲むと、フッと息を吐いたのだった。食事もしてなかった空腹の胃にビールの冷たさが染みる。


 早く酔ってしまいたかった。お酒に逃げるなんて自分でも嫌い。でも、お酒に逃げないとあまりにも辛すぎて『今』を乗り越えることなんか出来そうにない。


 考えたくないのに頭を過るのは…さっきの副島新と志摩子さんと呼ばれていた女の人の後ろ姿。楽しそうに笑う志摩子さんの横顔は女の私でもハッとするくらいに綺麗で嫉妬してしまっていた。あんな風に副島新に甘える姿を目の当たりにした私にはビールよりももっと苦い何かがこみ上げてくる。


 その苦しさを埋めるように私はビールをゆっくりと流し込んでいく。シュワっと弾ける泡が喉を刺激していっていた。一杯目を飲んで、二杯目を飲んで…三杯目頼んだ時、マスターはビールと一緒に小さなガラスの器に入った砂糖菓子をスッとコースターの横に置いた。


「別のお客様から貰ったものです。よかったらどうぞ」


 ガラスの器に入っているのは淡いピンクの砂糖菓子。そのガラスの器とマスターの顔を見ると穏やかな微笑みを浮かべている。そして、私から視線を逸らすと、グラスを磨きだしたのだった。


「いただきます」


 ガラスの器から淡いピンクの欠片を摘まむと口に入れた。入れたと同時にフワッと口の中で蕩け、ビールで苦くなった口内を一気に甘くした。
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