幸せそうな顔をみせて【完】
 ドキッとした。


 隠しているのは副島新の方でしょ。あの綺麗な女の人は誰。あの時どこに行ったの?もしかしたらあの人が本命で私は浮気相手?考えたらグルグル回ってしまいそうなほどの痛みで一瞬心の奥がグシャっと音を立てたような気がした。綺麗すぎたあの人は誰なんだろう。何をしている人なんだろう。


 洗練された服を着て、綺麗な巻き毛に完璧に施された化粧。私の目蓋の裏に焼き付いている女の人は綺麗なだけでなく大人な雰囲気を醸し出していたのを忘れられない。


「何もないけど」


「それならいいけど、俺、葵のことが大事だと思っているから。それだけは忘れないで」


「ありがと。私も同じだから」


 この言葉は嘘だった。私は副島新が私を思う以上に副島新のことを思っている。好き過ぎて本当に苦しくて仕方ない。息の苦しさまで感じるのだった。


 学生の集団は私と副島新の会社の最寄りの駅で一気に下りていき、私はこの人の波をどうして抜けようかと心配もしたけど、それも杞憂に終わる。学生が降りた後にゆっくりと降りることが出来た。


「凄い人だったな」


「うん」


 会社までの道を副島新と並んで歩く。話している内容は仕事のことばかりで少し前の状態に戻っているような気がする。受け答えも自分なりに自然に出来ていると思った。副島新も何も言わなかったので私も何も言わない。そして、会社に着くとフッと息を吐いた。


 いつもは何も置いてないなのに、机の上には一枚のメモがあった。
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