幸せそうな顔をみせて【完】
『株式会社瀬能商事の瀬能様から連絡がありました。会社に来られてすぐに連絡をしてください』


 瀬能商事って…私の取引先のリストにはない。


 思い当たるのは尚之のお父さんの会社で、幅広く取引をしているのでウチの扱う商品について何かの関係があるのかもしれない。でも、今回のように名指しで私のもとに連絡がくるのはどう考えても尚之に絡んでいる。どういうルートで私に辿りついたのか分からなかったけど、だからと言って簡単に流せるほど瀬能商事は小さな会社ではなかった。


 連絡先にある携帯番号は…見覚えのある携帯番号で、あの頃から変わってない尚之のものだった。


 メモを取り一瞬身体が固まる。これは仕事の電話だと分かっているのに…私は何も言えずにただメモを見つめていた。


「どうした?」


 副島新の声でフッとここが営業室で隣には副島新がいるのを忘れていた。


 もう別れて二年も経っているので尚之に特別な気持ちはない。お互いにあの時は恋愛よりも仕事と取ったというだけだったから、嫌な思いをして別れたわけでもない。

 
 別に疾しい気持ちはないけど、それでも尚之は元カレで、その事実を隠すつもりはない。でも、『もしかしたら二股で、それも私が浮気相手だったら』と思うと躊躇する。


「別に。仕事のことみたい」


 私は自分の中で押さえきれない思いから、瀬能商事のこと。尚之のことを副島新に言わなかった。怖くて言えなかった。
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