幸せそうな顔をみせて【完】
 何をどういえばいいのだろう。


 私は副島新に対して怒ってはいない。ただ、あの時の光景が目蓋の裏に焼き付いて離れないから苦しいだけ。泣きたいと思う気持ちを押し殺しているのに、どうしてこんな風に言うのだろう。私が何も知らないと思っているからそんなことをいうのだろうか?


 いっそ、あの日見たことをぶちまけてやりたい。


 綺麗な女の人と親密な雰囲気で街を歩いていたのを見た。どう見ても恋人同士だし、それに、相手の女の人の大人びた雰囲気に圧倒された。私とはレベルが違うと思った。そんな一瞬で決着のついたことを自分から言い出せないし、もしも言ってしまったら…それは私と副島新の恋の終わりになる。


「ちょっと仕事が立て込んで疲れているだけよ。別に怒ってないわ。怒っているように見えるなら、それは緊張しているだけだと思う。今日は大事な契約の日になるかもしれないもの」


 嘘ではない。


 仕事も立て込んでいるし、怒ってもない。緊張もしている。でも、一番は悲しいということ。


「ならいいけど、あんまり無理するなよ」


 副島新の優しい言葉が胸をキュッと痛くする。嬉しいのに悲しい。そんな思いが私を包んでいた。いつもはそんなに優しい言葉を言ったりするタイプじゃないのに、本当に落ち込んでいる時や、苦しい時に一番欲しい言葉をくれる。そんな真摯で思いやりに溢れた言葉に前は癒され、勇気を貰ったのに、同じ言葉なのに今日は…とっても苦しいだけ。


「ありがと」


 それだけ言うと私は小林主任の所に行ったのだった。




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