幸せそうな顔をみせて【完】
 契約としては上手く行かなかった。行かなかったというよりは答えを保留された感じ。でも、今の私が出来るだけのことはしたので、満足だった。でも、緑川さんと言う人は本当に気の抜けない人だった。内容と価格。そして、営業員としての営業力が問題になる。簡単にはいかない遠くそびえる山を見ているような気になっていた。


「あ、瀬能商事にも連絡しないと」


 私は携帯を開くと瀬能商事に連絡をした。尚之の名前を出すと、受付の人は一瞬息を飲み、静かに『ただいま外出中です』と教えてくれた。でも、直接話す必要はあるわけではない。


『明日の11時にお伺いします。もう都合が悪ければ連絡してください』と受付の人に言伝てをすると、電話を切ったのだった。これで今の私が急がないといけない仕事はなくなった。フッと肩の力が抜ける。


 考えてみれば、今日の夕方に尚之に会うのだからそれでもよかったかもと一瞬思ったけど、そうしなかったのは私の中でラインが引かれているから。仕事は仕事、プライベートはプライベート。でも、これからもしも瀬能商事と取引をすることになったら、尚之に会う機会が格段に増える。


 仕事がしにくくなりそうだと本気で思った。でも、小林主任が決めたことには従わないといけない。


 会社に戻ってとりあえず小林主任に連絡をしようと思った。今日の契約は見送られたけど、上司に決済をして貰えることになったことも言わないといけない。電話をしようと思ったけど、先に帰ってから報告しようと思い、会社への道を急いだのだった。
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