幸せそうな顔をみせて【完】
 少し離れた先にこの間と同じ綺麗な女の人が副島新の腕に抱きつき、魅惑的な笑顔を浮かべていた。副島新の顔は見えないのに、その後ろ姿だけで副島新だと分かる。そんな自分が苦しくなる。そして、幸せそうな二人の姿は胸に苦しみと痛みをくれる。


 足を止めた私に横を歩いていた尚之も静かに足を止め、私を見つめ、私の視線の先に自分の視線を合わせる。幸せそうな姿が尚之にも見えただろうか?私は胸に拳を当て、ゆっくりと息を吐くと、駅までの道を歩くのを止め、少し離れた場所に行くと、もう一度大きく息を吐く。


 本当ならさりげなく流さないといけないのに、余裕がないのか、私は尚之の前で自分の気持ちを悟られるようなことをしてしまった。


「もしかして、あれが葵の具合が悪い原因?」


 何かを抑えるかのように低い声が私の耳に届く。でも、私は首を振ると、静かに歩き出した。こんなところで立ち止まっていると全て尚之に知られてしまう。それだけは避けたかった。でも、歩き出した私の腕は簡単に尚之に囚われてしまった。


「違うわ」


「葵。自分で泣きそうな顔をしているのってわかってる?自分を誤魔化して何になる?」


 そういうと、尚之は私の腕をキュッと引くと、自分の腕の中に私を抱き寄せたのだった。抱き寄せられた瞬間、『懐かしい』と思った。何も変わらない温かい腕がここにある。それでも今欲しいのはこの腕ではない。


 私が欲しいのは……たった一人の優しい腕。
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