幸せそうな顔をみせて【完】
「そんなことないよ。すぐに戻ってくるから」


「却下」


 それだけいうと副島新は私のマンションの方に曲がる道を素通りして自分のマンションの方に向かって歩き出した。私の繋がれた手はさっきよりも強く握られていて、それから歩いてすぐに副島新のマンションに着いたのだった。


 陽が翳ったとはいえ、この季節に外を歩くだけで、身体中にしっとりと汗が浮かぶ。距離からして流れるほどではないけど、会社帰りの上にうっすらとした汗はやっぱり一度自分の部屋でシャワーでも浴びてからここに来ればよかったとさえ思った。でも、来てしまったからにはそんなことは言えなかった。


「入ったら鍵を締めておいて」


 それだけいうと、握っていた私の手を放すとさっさと自分だけリビングに入っていく。そんな後ろ姿を見ながら、つい一週間前のことを思い出した。あの時も玄関先で放置されたけど、一週間経った今でも放置されている。恋愛小説のように玄関を入ってすぐに抱きしめられて熱烈なキス……なんて、私と副島新との間にはないのかもしれない。


 あの時と同じように副島新はリビングから自分の寝室の方に入っていく。そして、大きめの紙袋を持ってくると私に手渡し、ポンポンと頭を撫でたのだった。


「多分、必要なものは全部入っていると思う。食べるものを作っているから、その間にシャワーを浴びて来い」


 その紙袋の中を覗くとそこには私の想像出来ないようなものが入っていたのだった。
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