幸せそうな顔をみせて【完】
「じゃ、俺の我が儘を聞いて貰おうかな」


 あまりに綺麗な笑顔は…どこか悪いことを考えていそうな子供っぽい顔をしたかと思うと、私の身体は急に反転して副島新に組み敷かれてた。手首もしっかと握られてシーツに縫い止められる。いきなりの行動に驚き仰ぎ見ると、そこにはニッコリと笑う副島新の顔。その綺麗すぎる微笑みから自然に身体が逃げる。


「我が儘って?」


「そうだね。俺を嫉妬させた責任を取って貰おうかな。とりあえず葵に何をして貰うかな」


 副島新が言っている意味が分からない。嫉妬?そんな感情が副島新にあるとは思えない。いつも冷静に行動する副島新が嫉妬なんかするはずがない。それに何に嫉妬したというのだろう。どちらかというと私の方が綺麗な志摩子さんに嫉妬していた。


「何を言ってるの?」


 単純な質問だった。本当に私には副島新が嫉妬する理由がわからない。



「瀬能商事 専務 瀬能尚之」


 少し掠れた声はいつも通りに甘く誘うようなのに、尚之の名前を言うだけで背中に何か冷たいものを感じさせる。副島新はどこまで知っているのだろう?私はどこまでいえばいいのだろうか?でも、疾しいことはないから隠す必要もない。


「尚之は……」


 昔の知り合いというつもりだった。水曜日に偶然再会して、その後に仕事の話が来ただけ。でも、そう言おうとした私の口からその後の言葉は何も出て来なかった。副島新の唇に塞がれ、言葉は紡がれることはなかったのだった。
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